第46話 本当の目的
今次作戦には従軍させてもらえなかったロドリーゴは、一人マルクスのもとを訪ねた。マルクスは旗艦にいた。ロドリーゴが2人で話がしたいと言ったので、マルクスは夜、ナポリ料理屋で会うことにした。
待ち合わせ場所でロドリーゴは口を開いた。
「アブドラをどうするつもりだ。奴はおそらくヴェネツィアの間諜だ」
マルクスは情報に感謝しつつ、応えた。
「そうだろうと思っていました。でもアブドラが正確な情報をヴェネツィアに送って、奴らが正しい判断をすれば、この内戦は早期に解決します。黒海だけでなく、ドナウ河下流域も完全に抑えてしまうので、もう手が出せません。よくてトライ様とサライブカ様の亡命をハンガリーに認めさせるぐらいですが、そんなことをしたら、今度こそトクト大王はハンガリーを消滅させるでしょう。ハンガリー東部や南部の諸侯は、自分たちがトクト大王に生かされていることをよく知っています。ヴェネツィアが欲しいのは金銀であって領土ではないし、ハンガリー王国が再起不能になれば、鉱山経営もできなくなります」
ロドリーゴは、マルクスが戦っている相手は、ヴェネツィアそのものだということを理解したのだった。
補給部隊には200騎が乗船するので、馬も1,000頭以上つれていく。馬は平底船に分乗するが、この船は基本的には外洋ではなく河川用であるため、慎重な操舵が求められた。そこで平底船を複数もつ馬商人アンドレア=ダ=ピサが中心となって、黒海北西岸に詳しい船長や船員を集めていった。こうした船乗りの多くはギリシャ人だ。
出航前日、マルクスは波止場でアブドラに出くわした。アブドラが、いよいよですね、と声をかけると、マルクスはアブドラに言った。
「この艦隊は補給が目的でないことは、書いてくれましたか」
言われた瞬間、アブドラは、すべてを悟ったようだった。
「私の準備していたことがもらさず書いてあれば、今から3週間以内にこの艦隊でヴァルナを急襲することがわかるだろう」
そう付け加えたマルクスは、アブドラの顔がみるみる青ざめていくのがわかった。アブドラはヘビに睨まれたカエルのように身動きがとれない。
マルクスは、アブドラに乗船しないよう命じ、旗艦に乗り込んでいった。
クリミア総督ヤイラクを雇用主とするジェノヴァ艦隊は、それぞれケルチ、カッファ、スダクから出航し、まずはテオドロ国の主要港チェンバロで集結した。ここでテオドロ国主ガブラス公の歓待を受けた後、北上した。
アクケルマンまではどこにも寄らず、しかし陸が見えるところを進んだ。そしてマルクスは、アクケルマン港において、すべての乗員に本当の目的を伝えた。
「タルノヴォに進駐する」
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