第45話 出港

 クリミアにおける物価下落は、地元経済が深刻な打撃を受けていることを表していた。内戦によって物資が運び出され、また、ヴァルナやサクチから送られてくる小麦が減っている、つまり、商品の量は減っているにもかかわらず、商品の値段が下がっているのだ。

 物価の下落は、商取引が減っていることを意味している。貨幣をたくさん持つ者は、物の値段が下がるのを待つので、貨幣を蓄えようとする。皆が貨幣を使わなくなり、商売ができなくなる。

 戦争が起きると、牧民たちは自費で定められた数の馬・武器・防具・弓矢・食糧を揃えなければならない。足りなければ死刑となる。金がなければ、子どもや妻を売って出征する。余剰分以外の家畜を売るのは最終手段だ。そのため、戦争の前には奴隷市場ができる。

 都市の経済活動が不活発になり、羊やフェルトが売れなくなると、牧民は困窮する。牧民が貧困化すると、タルタルを支える騎兵戦力が弱体化することになる。聞くところによると、イルハン朝の君主ガザンは、売り飛ばされてイランにやってきた子どもたちを男女問わず買い集めて、新たな万人隊を作ったらしい。

 後にマルクスは、造幣所を増やすことと、貨幣を軽くして貨幣発行量を増加させることを献策する。この銅貨は「新プル」と呼ばれる。

 内戦を終わらさなければ、昨晩の娘のような境遇の子が増える。この内戦は、実はジェノヴァ対ヴェネツィアの側面を持っている。ヴェネツィアは得意の国家ぐるみの策謀を十分に活用している。ジェノヴァ側も結束して立ち向かわなければ、各個撃破される。ジェノヴァ商人が力を合わせて居留地を増やし、タルタルと融合し陸上を制圧した後、優勢な海軍で撃破すればいい。

 一度クリムに戻ったマルクスは、妻子を残してカッファに向かった。彼には200騎の護衛がついた。アンナは、

「クトルグ・ブルスン」

と言った。コマン語で「幸あれ」の意味である。

 マルクスは、お腹の子が産まれる前には戻れるだろうと言って出兵した。直接馬に乗らず、馬車で移動するのはマルクスとアブドラだけである。

 1301年5月下旬、ピエトロ船長率いるザッカリーア船団がカッファに入港した。また、ケルチの輸送船団も着いた。

 この補給部隊の幹部は、マルクス、ピエトロ船長、ジークフリート・カタルーニャ傭兵団長、アンドレア=ダ=ピサ、そして千人長トクテムルである。

 ピエトロ船長は、スダク、チェンバロから海岸を右に見つつ、アクケルマンを目指すという安全策を示し、皆同意した。本来、平底船は外洋航海用ではなかったからである。

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