第40話 ハンガリーの銀貨
1300年正月、マルクスはアンナと息子のケペクとともに、カッファの町を去り、クリムに向かった。カッファとクリムは1舎(徒歩で5時間)しか離れていないし、ウイウデイが馬車を差し向けてくれたので道中困難はなかった。領事をはじめ、一緒に仕事をしてきた仲間たちが見送ってくれたが、アブドラだけは同行すると言って付いてきたのだった。
ウイウデイはマルクスの顔を見るなり、力を貸してほしいと言ってきた。
「また西が騒がしい。どうやって手に入れているのか、武器・防具がサクチに運ばれているらしい」
マルクスは、黒海沿岸のジェノヴァやピサの商人は、塩や馬は運んでいるが、コンスタンティノープルから武器や防具を送っている話は聞かないと答えた。
ウイウデイはアブドラに、何か知っているかと問うたが、アブドラは別に何もと応じただけだった。
マルクスは、少し考えながら言った。
「トライ様の領地につながる交易路としては、ドナウ河がもっとも重要です。ヴェネツィアがハンガリー経由で取り引きしているのかもしれません」
ハンガリーが武器や防具の生産で有名などという話は聞かない。ミラノなどで作られた甲冑がヴェネツィア商人によってハンガリーに運ばれているらしい。マルクスは知りあいの商人を訪ねることにした。
その男は、クリムで銀細工を売っている。名はヨハネスという。彼自身は職人ではなく、ハンガリー人の職人を使っている。また、銀地金もハンガリーから手に入れている。
ヨハネスはマルクスに語った。
「ヴェネツィアは銀が欲しいので、セルビアやハンガリーに近づいている。実際、今のハンガリー国王はヴェネツィア生まれだ。俺のいとこはハンガリーの中心都市ペストで貨幣製造人をしているので、そこらへんは詳しいんだ」
そういって、ヨハネスはハンガリーの銀貨を見せた。硬貨の中央に見慣れない記号が入っていた。マルクスがアクチェ銀貨と交換してほしいと頼むと、ヨハネスは快く応じてくれた。
自身の天幕に戻ったマルクスは、ろうそくの光で照らしつつ、豆粒のように小さいハンガリーの銀貨をまじまじと見ていた。アンナが後ろからのぞきこんできたので、この真ん中に不思議な記号があるんだ、と言った。するとアンナは、
「アレフ」
と言った。
ハンガリーの銀貨の中央に、ヘブライ文字のアレフが刻印されているというのだ。翌日、ふたたびマルクスはヨハネスの店兼工房に行ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます