第39話 解任

 補給のため、クリミア軍はバヤルンの天幕群にやってきた。マルクスは、ジークフリート、ロドリーゴ、そしてアブドラを出迎えた。マルクスは言った。

「ご苦労様でした。この戦、歩兵の存在が鍵でしたね」

ジークフリートは少し顔を赤らめていった。

「君の言った通りに動いたら勝てた」

マルクスは首を振った。

「私はただ情報を集めていただけです。その情報を信じて有効に使った皆さんのおかげで完勝することができたのです」

ロドリーゴも感激していた。

「情報収集のために、辮髪にしたのか。君のおかげで、タルタルはジェノヴァをただの商人としてではなく、真の仲間として見るようになった」

これ以降、タルタル軍には必ずジェノヴァ傭兵が参加することになる。

 アブドラは、タルタル人はガブラス公をバートル(英雄)だと称え、ガブラス公はこれからもジェノヴァと仲良くしていきたいと言っていたと教えてくれた。

 クリミア軍は首都クリムに凱旋し、牧民は冬営地に向かい、ジェノヴァ傭兵団とガブラス公配下のテオドロ国軍はそれぞれジェノヴァ居留地とマングプに戻った。

 湿った雪が降り注ぐ中、マルクスたちは久しぶりに領事館に行き、領事に戦勝報告をした。領事はねぎらいの言葉をかけた後、次のように言った。

「マルコ君、本年12月末日をもって調査員の任を解く」

ロドリーゴは叫ぶように問うた。

「なぜですか。最大の功労者はマルコ殿ですよ」

「本国からの指示だ」

そう言った領事に、マルクスは質問した。

「帰国命令は出ていますか」

領事はため息をつくと、

「何もない。報告書を送れとも、君を帰国させろとも書いていない」

確かに本国を出たのが1297年の冬だったので、任期の2年がもうすぐ終わるとも言えるが、カッファまで来るのに4か月ほどかかっている。このままだと、本国への帰路は自腹を切ることになるし、第一、まだノガイ軍がドン河とクリミアを襲ったところまでしか報告できていない。

 マルクスは、特に感情を露わにせず、辞令を受け取った。ジェノヴァに帰るという選択肢があると思っていた自分に、少し戸惑いをおぼえたが、とりあえず残り2か月で報告書を仕上げようと決めたのだった。

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