第37話 プルート河畔の戦い

 1299年秋、トクト大王と諸王ノガイの軍は、ノガイの遊牧地であるプルート河畔で戦った。プルート河畔はキプチャク草原最西端の土地で、騎兵の大軍同士が戦える平原がある。トクトは敵地に乗り込んできたとも言えるし、ノガイは敵を本拠地まで引きずり込んだとも表現できるだろう。

 まず、戦いの前日、双方の使者が全軍の前で口上を述べる。

「このたびはノガイ様がご病気だと聞いて、心配で居ても立ってもいられず、こうして参りました。ご機嫌はいかがですか。馬には乗れますか」

「遠路はるばるご苦労様です。明日は主君の元気な姿をお見せすることができるでしょう」

このように、少し冗談を交えたやり取りをする。

 その後、両方の将兵が近づいて、親類・縁者などのあいだで、やあ久しぶりだな、などといったあいさつをする。

 戦いの当日、ナッカールという太鼓を叩いて戦闘隊形を整える。そして、軍歌を歌って士気を高める。軍歌の内容は

「俺たち無敵のタルタル軍、恐れるものなど何もない。邪魔する奴らはぶっ殺せ」

といった殺伐とした歌詞である。

 こうして号令とともに、両軍の先鋒が駆け出す。双方とも軽騎兵であり、基本的な武器は弓矢と刀である。弓の飛距離は400mを超える。

 ノガイ軍の右翼三王子軍は、アス・チェルケス・キプチャク・マジャル(ハンガリー)・ブルガリアなどの混成部隊であるが、トクト軍の左翼クリミア軍はキプチャク騎兵が主である。とはいえ、マジャルやブルガリアとはいっても、彼らはキプチャク人の子孫であり、装備も戦闘方法もタルタル式なことに変わりない。

 お互い矢が尽きたところで、切り合いとなった。小さめの円形の盾は矢や刀を防ぐためにあるが、盾で殴ることもできた。ノガイ軍はつねに戦い続けている精鋭であり、クリミア軍は押され気味で、ついに戦場から離脱し始めた。

 勢いに乗ったノガイ軍は、突然、土埃の中から2,000余りの歩兵が向かってくるのを見た。そして、その後ろから、弩が一斉に掃射された。騎兵はばたばたと倒れ、また、長柄のついた斧をもって整然と近づいてくる歩兵を避けようとしたことで、馬の突撃速度が落ち、混乱した。三王子軍には統一した指揮命令系統はなく、各王子がばらばらに戦っていたので、よけいに混乱が広まった。

 ジェノヴァ弩兵がふたたび射ると、三王子軍は我先に逃げ出した。「遁走を恥じず」というのが遊牧民の価値観である。この時点で、ヤイラク旗下の本隊が動き、ギレイの先鋒も戦場に戻ってきた。

 チャカは義弟テオドル=スヴェトスラフとともに、ブルガリアへ退却した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る