第36話 騎兵対弩兵

 クリミア軍に編入されたジェノヴァ傭兵団は、すでに集結地のジャンコイを発し、補給拠点であるカニエフに向かっていた。アブドラはマルコから手紙を受け取ると、ジークフリートとロドリーゴに内容を説明した。

 ジークフリートは2人に言った。

「おそらくわが軍は、この右翼の中央、あるいは先鋒に配置されるだろう。ガブラス公率いる歩兵の支援がいる。」

諸王チャカ率いる三王子軍の主力は、当然、弓騎兵であり、比較的防具は軽装である。矢を射つくすと、小型の円形の盾を左手に、刀を右手に持って突撃してくるだろう。こうした騎兵へのもっとも有効な対抗策は、弩による遠距離攻撃である。弩は強力でタルタル騎兵の装甲をたやすく貫くことができるが、装填に時間がかかる。それゆえ、大型の盾をたてかけて弩兵を守らなければならない。さらに、馬の進路に重装歩兵を置いて、馬の突撃速度を遅らせる必要もある。ジェノヴァ軍にも200の歩兵はいるが、ガブラス公の歩兵2,000に協力してもらえれば、完璧であろう。

 ジークフリートとロドリーゴはガブラス公の天幕を訪れ、ガブラス公も加えて、クリミア軍司令官ギレイと面会した。アブドラは先にギレイのところにいた。

 ギレイは訪問者たちを丁重にもてなした。彼らに馬乳酒をふるまってから、ギレイは説明し始めた。

「卿らには先鋒と本隊のあいだに陣取ってもらう。先鋒が弓を撃ち尽くしたら、左右に分かれて戦場から離れる。卿らの働きで相手側が疲れたところで、すべての騎兵を投入するだろう」

先鋒がわざと逃げて相手を誘い込むという、訓練された軍団にしかできない戦術を採るというのである。

 ギレイはジークフリートが若干不安そうな顔をしたのを見逃さなかった。

「本隊の指揮はヤイラク附馬に任せよう。わしが先鋒をつとめる」

ケレイト部族のギレイ率いるキプチャク騎兵は、自分の牧地をチャカに荒らされたことでみな怒っており戦意旺盛である。と同時に、よく訓練もされている。そうギレイは自らの自信の根拠を説明したのだった。

 クリミア軍は北上してカニエフに至り、トクト大王の中軍および諸王タマトクタイの探馬軍と合流し、キエフにてリトアニアとルーシの属国軍を加えた。

 戦場は、サクチのあるプルート河畔以外、ありえない。

 ヤイラクもまた妻バヤルンの天幕を離れて自軍と合流した。ウイウデイやマルクスといった文官は、本隊から3舎離れたバヤルンの天幕群にいた。

 1舎とは馬で1日行程、3舎は約100kmを意味する。

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