第34話 苦闘するノガイ

 タルノヴォのキプチャク貴族は、イヴァイロが皇帝をつづけることを認めなかった。同じキプチャク人とはいえ、属する氏族が違ったからであろう。タルノヴォ貴族の代表者ゲオルギ=テルテルは、ノガイとミカエル8世に対し、自身が皇帝になることを認めさせた。

 まず、ミカエル8世は傀儡イヴァン=アセン3世をノガイの下に送り、ノガイは帝位を剥奪した。次に、ノガイはイヴァイロ軍団に対し、ゲオルギ=テルテルに従うよう指示し、イヴァイロには出頭を命じたのだった。

 イヴァイロは、ノガイから尋問を受けた後、トクト大王の許にいたった。そこで、イヴァイロはブルガリア皇帝として応接されたのである。彼の人生でもっとも華やかな瞬間だった。トクトよりブルガリア北東部のドブリチ方面を与えられたイヴァイロはノガイの天幕に戻り、会議中に突然亡くなった。

 その後もブルガリアの混乱は収まらなかった。キプチャク貴族同士での権力争いがつづいたのである。ノガイはゲオルギの子テオドル=スヴェトスラフを自身のケシクテンに入れ、ノガイの長男チャカはゲオルギの娘を娶った。にもかかわらず、1292年にゲオルギはコンスタンティノープルに亡命し、ノガイはやはりキプチャク系のスミレツを皇帝にした。

 一方、ノガイは自領の開発を進めていた。黒海沿岸や、河をさかのぼったところにある都市にジェノヴァ人を招きよせて交易拠点を整えた。蜂蜜・蜜蝋・毛皮・木材などの物流を抑えることで、ラテン系山地民を支配していった。彼ら山地民に加え、連れてきたマジャル人・アス人・キプチャク人などを平地に定住させ、小麦の生産を促した。とれた物はジェノヴァ商人によって運ばれた。

 着実に財政基盤を整えていったノガイだったが、従属地域をまとめる力量はなく、1299年にセルビアは屈服させたものの、ブルガリアは混乱し、ハンガリーを支配することもできなかった。

 マルクスは、ノガイがベネデット=ザッカリーアをはじめとする親ローマ帝国のジェノヴァ商人を自らのオルトクにしていった過程について、多くのジェノヴァ商人から聞き取ることができた。オルトクとは、タルタルの王侯から特権を与えられた商人のことで、王侯は遊休資金を商人に投資し、商人たちは商業や高利貸しなどを通じて収益を上げ、王侯に配当をわたすのである。

 ノガイ領の首都サクチ(イサクチャ)、ドナウ河口南部のドブリチ、黒海北西岸のアクケルマンなどにジェノヴァの居留地が作られ、貨幣発行も委託された。ポーランドやハンガリーで得た捕虜は、ジェノヴァの奴隷商人を通じて地中海各地に輸出された。女は家事労働や子作りなどのためとして、男はガレー船の漕ぎ手や大規模農園の労働者などとして使い捨てられることから、需要は底なしだった。

 こうした努力を40年も続けてきたノガイを、マルクスは心より尊敬した。

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