第33話 豚飼いイヴァイロ
欧州ただ一人の農民出身の皇帝イヴァイロは、もともと貧しい豚飼いだったとされる。おそらくキプチャク人の子孫で、飼料であるブドウ酒粕のにおいがすると悪口を言われていた。キプチャク人は牧民だが豚肉も大好きで、特に塩漬けの脂身を好んだ。また、ギリシャ人は彼をキャベツと呼んでいた。タルタル支配下で食べられるようになった、キャベツの塩漬けを好んで食べていたからだろう。
キャベツ自体は地中海原産で、古代ローマ帝国の時代から知られていたが、タルタル帝国の成立によって安価な腐海の塩が供給されるようになると、キャベツを塩漬けにして保存するようになった。ドイツ語のザワークラウトのことである。
イヴァイロは落ちぶれてはいるが、キプチャク人の名族の出身だったのであろう。ドブリチ太守は彼が兵を集めるのを支援した。彼はタルタルの伝統にのっとり、精進潔斎して一人山に登り、タルノヴォの皇帝を廃してブルガリアを統一するようにとの神の啓示を受けたのだった。実は同じ形式で、チンギス・カンもバトも神の啓示を受け、遠征を始めていた。
1277年秋、イヴァイロ軍はタルノヴォに向かい、迎撃してきた皇帝コンステンティン=ティフを捕え、いけにえの動物のように丁寧に処刑した。イヴァイロ軍の装備はジェノヴァ商人から手に入れており、皇帝とはいえ一豪族にすぎないコンステンティン=ティフの兵では太刀打ちできなかった。イヴァイロ軍はそのままタルノヴォに進軍し1278年初に包囲した。
ローマ皇帝ミカエル8世は、ノガイの義父ということもあり、イヴァイロに好意的なようにみせていたが、イヴァイロはミカエル8世がブルガリア南部の領土を狙っていることを見抜いていた。なぜなら、ミカエル8世はイヴァイロに使者を派遣すると同時に、コンスタンティノープルにいたイヴァン=アセン3世に軍を付けて送り出したことを知っていたからだ。ローマ軍接近を知ったタルノヴォのキプチャク人貴族たちは、イヴァイロを皇帝にすることに同意した。ミカエル8世がキプチャク人ではなくブルガリア人を皇帝にしようとしたことに、貴族たちは反発したのである。こうしてイヴァイロはタルノヴォでブルガリア皇帝に即位した。
1278年冬、イヴァイロはローマ軍を破った後、本拠地であるブルガリア北東部に戻り、ドナウ河畔のシリストラで補給をおこなった。この時、ゲオルギ=テルテルらタルノヴォの貴族は、イヴァイロが死んだとの偽情報を流し、イヴァン=アセン3世をタルノヴォに迎え入れた。
翌1279年、ローマ軍はブルガリア北東部のデヴニャにまで進出してきた。デヴニャを取られると、ヴァルナ港を抑えられてしまう。イヴァイロはローマ軍を撃破した。その後、タルノヴォを奪回し、イヴァン=アセン3世はコンスタンティノープルに逃亡した。
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