第25話 プルート河へ

 マルコ一家の旅程の予定は次のようなものである、まずカッファからクリムに至り、クリミア総督ヤイラクのアウルクに合流する。その後、北上してペレコプ地峡をわたり、諸王ノガイの本拠地であるプルート河とドニエストル河流域を目指す。

 1299年初春、ジークフリート率いるジェノヴァ傭兵団とともに、マルコ一家はカッファを出発した。

 マルコと身重のアンナは、大きな馬車に乗り込んだ。4頭だてで、馭者が一人で御す。中は大人4人ほどが入れる空間になっており、マルコとアンナは一日中その中で過ごすのである。

 カッファからクリムまでは、おおむね平坦な道のりで、徒歩で約5時間で着く。クリムはクリミア半島南部の山地のあいだにある。牧民たちは、夏は家畜を連れて山を登り、冬は平地に降りてくる。クリムは冬営地の真ん中にあり、立派な都会であるが、城壁はない。タルタルは都市を城壁で囲むことを禁じていたからである。

 町には立派なモスクがいくつかあり、これはバイバルスをはじめとした、エジプトのマムルーク朝のスルタンたちによる寄進により建てられた。

 総督ヤイラクは町の中にはおらず、近くに天幕を張って政務をおこなっていた。

 ヤイラクのもつクリミア軍は、クリムから1日行程のジャンコイに集結しつつあった。主将はケレイト部族のギレイである。ギレイ率いる部隊はほぼすべて騎兵である。

 これにテオドロ国のガブラス公率いるクリミア・ゴート人の部隊が加わる。テオドロ国は、タルタルより3万戸の保持を認められており、今回の動員兵力は3,000である。

 タルタルの兵科の基本は、軽騎兵と重装騎兵の2つである。軽騎兵は、皮革でできた防具を身に付け、合成弓を装備している。タルタルは弓矢の技術に優れ、400m先の目標に当てられるだけでなく、左右両方の腕で弓を引くこと、すなわちパルティアン・ショットができる。

 重装騎兵は大型の槍を装備した突撃を主とする兵科である。甲冑はアス族が製造する鋼鉄製で、西欧のものとあまり変わらない。ただし、西欧の騎士がおもに馬を下りて戦うのに対して、タルタルの重装騎兵は騎馬のまま突撃する。

 これに、補助軍として砲兵が加わる。火薬を用いた大砲もあるが、マンジャニークと呼ばれる大型投石器を使って石弾を投擲する。こうした武器はおもに攻城戦で用いられるが、平原での騎兵を主力とする戦闘でも使われる。

 さらに、テオドロ国やルーシの歩兵、ジェノヴァの弩兵がいる。歩兵の標準的な武器は戦斧である。また、弓矢を装備することもある。西方の山地民や、馬を持たないキプチャク人も歩兵になるが、甲冑などはほとんど着ていない。

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