第24話 クリミア侵犯
ジョチ朝における内乱の原因は、もはやノガイの存在そのものとなっている。
ノガイは、南の大国イルハン朝の若き君主ガザンに、トクト大王との関係修復のための調停を依頼した。ガザンにとっても、ジョチ朝の混乱は自国の利益にならないと考えていたが、直接介入する軍事力はなく、成り行きを静観した。
1298年秋、ノガイの3人の王子たち率いる軍が、ドン河流域のトクト支配下の拠点を攻撃し、ついに内戦が始まった。彼らは、トクト側の最重要人物、クリミア総督ヤイラクを討つべく、南下してペレコプ地峡を越えた。これに対し、ヤイラク側の準備は整っておらず、とりあえず首都クリムへ逃げたのだった。
この時、マルコの予想通り、事件が起きた。三王子軍がクリミア北部で人や家畜を略奪していったのである。現地の万人長ギレイが憤慨したのはもちろん、ノガイ配下でクリミアに権益をもっていた諸将も、ノガイの子らに激怒したのだった。
そんな中、ザッカリーア団を率いるピエトロが、予定通り、カッファを離れることになった。帰りはガレー船だけでなく、塩、塩漬けの魚、木材、毛皮、小麦、そして奴隷などを満載した複数の帆船からなる船団を形成した。
別れの日の前夜、ピエトロはマルコに言った。
「先生は戦をする人じゃない。先生がカッファに来た目的は、あくまで情報収集だ。命を粗末にしてはいけない」
マルコは神妙な面持ちで船長の忠告を聞いた上で、収集した情報をまとめた文書を船長に託した。この情報は、マルコを気に入ってくれたベネデット=ザッカリーアの下に届けられることになる。
数日後、領事はマルコに質問した。
「今回の出兵については、ここカッファだけでなく、ケルチやスダクなどの居留地が提供する軍を含め、500のジェノヴァ傭兵団が編成され、カタルーニャ弩兵団長ジークフリートが指揮を執り、ロドリーゴ大尉が情報将校として従軍する。君は参加するか」
マルコは領事に、十分に考えてきた内容を説明した。
「小生の任務は情報収集にあり、戦場には行きませんが、後方で諜報活動をおこないたいと思います」
領事はうなずいた。
「ではクリミア総督ヤイラクのアウルクに同行せよ」
アウルク(奧魯)とは、モンゴル軍の遠征に伴われる家族とその家畜群のことで、食糧・武器の供給、捕虜の管理、戦場の清掃などを担当する。
家に戻ったマルコは、来春、ヤイラクの下に出向することをアンナに告げ、一緒に来てほしいと頼んだ。アンナはどこまでもついていくと言った。
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