第21話 ヴェネツィアの海賊

 徐々にカッファでの生活基盤を築いていったマルコは、領事が積極的に防衛体制を整えていることにも、当然目配せしていた。土嚢を積むために、近在の村々から数十人の男たちが集められ、汗だくになって土木作業が行われていた。

 そんな晩夏のある日、東の方で烽火が上がっているのが見えた。ついにケルチがヴェネツィアの海賊船団に襲われたのである。もちろん、カッファの領事は他の居留地に対して、敵侵攻の可能性を伝えていたが、ケルチは特に何の対策も取らなかったのだ。領事は烽火を見て歯噛みをしたが、ここに来るなら殲滅してやると豪語した。

 烽火が上がった次の日、ザッカリーア団のピエトロ船長は船を港の奥に入れ、船員を陸に上げて戦闘態勢を敷いた。もちろん、ジークフリート率いるカタルーニャ弩兵も準備万端である。マルコは、矢を防ぐための、綿の詰められた上着と、大きめの甲を被り、ジークフリートの隣に立っていた。おそろしく暑いが、耐えねばならない。

 港に向かうマルコに、アンナは小さなタカラガイを渡した。どうやらコマン人は、貝を、生死を司る呪術的なものとみなしているらしい。アンナが肌身離さず持っていた貝を、マルコはだまって受け取った。

 結果的に、戦闘は行われなかった。防衛体制に隙などなく、もしカッファ港にガレー船で突っ込んだところで、鉄の鎖に阻まれた上で、火矢を射こまれ炎上するだけだろう。敵の船団は、沖合を西へ、スダク方面に向かった。こうしてマルコの初陣は不戦勝で終わった。

 ところが、事はこれだけでは済まなかった。ノガイの代官が、カッファが防備を固めたことに対し、詰問の使者を送ってきたのである。領事は、ノガイに対して叛意などないと説明したが、使者は再調査すると言い残して、首都クリムに帰った。

 マルコは領事に、ノガイの使者が強硬姿勢だったのは、すでにガザリア(クリミア)への出兵が決まっているからではないかと述べた。領事はマルコに、ロドリーゴとともに総督ヤイラクの下へ向かいよう命じた。

 マルコはロドリーゴとともに、ふたたびアンドレアと飲みに行った。今度はこじんまりとした、ナポリ料理の店で会うことにした。ロドリーゴは少し不満げだったが、ついていくと言った。

 アンドレアは深刻そうに言った。

「去勢された2~3歳くらいの牡馬がもう手に入りません。いろいろな人が買い集めているようです。」

 去勢された牡馬は、軍馬である。戦争が間近な証拠だ。

 アンドレアは付け加えた。

「また、生活苦で身売りする人が増えるでしょう」

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