第13話 ヴェネツィアと攻城戦
後ろ髪を引かれるとは、このことだろうか。領事はマルコと話を続けたかったが、周りの者たちは、早く帰りたそうだった。領事は、明日、マルコからいろいろ聞きたいとだけ言い残し、マルコ、ピエトロ、ジークフリートの3人に退席を促した。
3人は、すでに予約してあった宿で他の船員や兵士と合流し、食事をとった。
ピエトロ船長は、次のような感想をもらした。
「領事は、血の気の多い人だな」
マルコはうなずいた。
「でも実際、戦闘になれば、カッファの司令官はジークフリート殿でしょう」
ジークフリートはマルコに尋ねた。
「どうしてヴェネツィアは港を襲うと考えたのか」
マルコは、少しゆっくりとした口調で説明した。
「ヴェネツィア艦隊の目的は、おそらく、失った自信を取り戻すことにあります。操舵では、ヴェネツィアはジェノヴァには遠く及ばない。彼らの強みは、集団戦と情報戦です。われわれはヴェネツィアの船団のように一塊で動くことはまれで、動きを捕捉することも難しいでしょう。港であれば、手薄なところを狙って、自分の好きな時に襲うことができます。あのコンスタンティノープルを落とした連中ですから、海戦より攻城戦の方により自信があるでしょう」
船長は、マルコのことをますます面白いと思い、ジークフリートは、次の戦ではマルコを隣に置こうと決めた。
翌日、マルコは領事館に出勤した。領事館は、領事1名、副領事1名、儀典兼総務兼会計1名、入国審査兼税関担当が3名、駐在武官3名、そして調査官が1名の、計10名で、これにマルコが加わる。さらに、領事つきの料理人と、現地で雇用した職員が、領事館の構成員である。他の居留地にある領事館に比べると、館員は多い。
ジークフリートと配下のカタルーニャ弩兵は、ザッカリーアの私兵であり、領事館員ではなかった。
領事館の基本任務は、外地における自国民の保護および行政サービスの提供である。そのための財源として、ジェノヴァ船からの関税の徴収がおこなわれる。本国からの送金などないに等しく、自活しなければならない。
マルコの直属の上司は調査官で、名をジョヴァンニと言った。マルコと同じ30歳で、魚の産地や加工に関する調査研究が主な任務であり、カッファを出る船に積みこまれる塩漬けの魚の情報を集めていた。こうした魚の産地はおもにドン河であり、カッファからケルチを経て、アゾフ海を北上したところにドン河口があった。このドン河口こそ、ジェノヴァとヴェネツィアの係争地だったのである。
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