第6話 メッシーナにて

 メッシーナの酒場で、ベネデット=ザッカリーアとマルコの最後の会食が行われた。そこに、旗艦の船長、カタルーニャ弩兵団長ジークフリート、そして、黒海に向かうガレー船の船長ピエトロたちも同席した。

 ベネデットは、マルコに言った。

「ここからわしは直接キプロス島に向かう。帆船に積んだ塩を運ぶ。護衛のためにわしもついていく。君はピエトロの船でガラタを経て、カッファへ行け。護衛に40人の弩兵を付けるが、彼らはそのままカッファの領事の指揮下に入ることになる」

そう言うと、ベネデットは、タコの足にオリーブ油をたっぷりかけてかぶりついた。マルコは、ベネデットに、素直に感謝した。

 ガラタは、ローマ帝国の首都コンスタンティノープルにあるジェノヴァの通商拠点だ。ガラタには大使(ポデスタ)がいて、「全ローマ帝国におけるジェノヴァ共和国の大使」という、たいそうな肩書をもっていた。

 制度的には、カッファを含む各居留地の領事(コンスル)の任免権はガラタの大使にあったが、本国が1年ごとに承認しなければ、無効だった。とはいえ、本国はつねに権力闘争に明け暮れており、海外居留地は、事実上、独立状態だった。

 現在、ジェノヴァ本国を支配しているのは大貴族ドーリア家で、ベネデットと昵懇の中だ。ガラタ大使もドーリア=ベネデット派の人物である。1255年にカッファに居留地が作られ、正式な領事館ができたのは1269年だが、これにもベネデットが関わっている。

 マルコが移る船の船長ピエトロは、ベネデットの副官と言える歴戦の勇者である。商売がうまいわけではないが、船員の心を掴むのが巧みで、海賊行為が得意だ。弩兵団長のジークフリートはドイツ出身だが、カタルーニャ人を指揮している。彼は以前、ヴェネツィア、あるいは教会騎士団にいたようだが、過去を多くは語らなかったし、誰かに問われると、怒って殴りつけてきたこともあったらしい。2人とも40代前半の、脂の乗り切った男たちだ。

 こうした海の男たちに囲まれると、マルコは自分の非力な体を残念に思ったが、彼らは、ベネデットが丁重に扱うこともあり、マルコのことを「先生」と呼ぶようになっていた。

「先生、せっかく陸に上がったんだから、かわいい子がいる店に行きましょうや」

と、船員や兵士が誘ってきた。店の女たちは、海賊の中に異質な男がいることに、最初奇異の目を向け、話してみると、コンスタンティノープルの貴族のような標準ギリシャ語が口から出、またその話の内容も面白いと感じたようだ。

 マルコの選んだ女は、持っている技術を総動員してこの上客をもてなし、マルコもまた、若者らしく、全力を女に注ぎ込んだのだった。

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