第5話 黒海へ

 本国ジェノヴァを出たザッカリーア船団は、まず、塩を積みこむためもあって、少し前にピサから奪い取ったコルシカ島に寄る。その後、イタリア半島とサルディーニャ島のあいだを南下し、ナポリを経由してシチリア島のメッシーナを目指す。各寄港地で、船員を雇いながらの旅となる。また、メッシーナでは、カタルーニャの弩兵を乗せることになっている。

 弩、すなわちクロスボウは、木でできた台の先に交わるように弓が取り付けてあり、引き金を引くことで太く短い矢を射ることができる。弩は基本的には誰でも扱えるが、壊れやすい。カタルーニャ人は修理の技術をもっていた。そのため、弩兵と言えばカタルーニャだと言われてきたのである。

 弩の射程は長く、また強力で、だいたいの甲冑を貫くことができる。ただし、矢の装填に時間がかかることから、弩兵を守るための兵が必要であり、人件費がかさむ兵科でもある。

 ベネデット=ザッカリーアは、マルコが気に入ったようで、頻繁に食事を共にした。ベネデットは、マルコが東方についてかなりの知識をもっていることを不思議がり、尋ねた。

「君はどうしてそんなに黒海について詳しいのか」

マルコは答えた。

「クルツォラの海戦で得た捕虜を尋問し、得た情報をまとめる仕事に関わっていました。ヴェネツィアは、タルタル各地の情報を集めています。タルタルの言葉ではなく、ペルシャ語の文書がコンスタンティノープルに送られるそうです」

タルタル、すなわちモンゴル帝国各地にヴェネツィアへの情報提供者がおり、共和国政府が情報を管理している。これに対して、ジェノヴァ商人もまたタブリーズやサライなど、主要都市に拠点を持っていたが、ジェノヴァ人同士で協力することはなく、情報収集も国家単位では行っていない。

 マルコは次のように付け加えた。

「同じく尋問された後、今度は尋問する側に採用された、ピサ人のルスティケロという作家が、東方の情勢をまとめることになっています。カッファに行き、より詳しい情報を本国に送ることが、私の仕事です」

1284年にピサはジェノヴァに大敗し、「ピサ人が見たければジェノヴァに行け」と言われるぐらい多くの捕虜がジェノヴァに送られた。捕虜の中に、アーサー王の物語を書いた著名な作家ルスティケロ=ダ=ピサもいた。彼は若干収監された後、ジェノヴァで文筆業と公務員の2つを掛け持ちして生きていた。

 船団は、北風にのって順調に航海し、無事、シチリア島のメッシーナに着いた。ここまで来ると、ギリシャ語を話す住民が多くなる。

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