第4話 キプチャク=ハン国

 マルコは、丘の上の豪邸に呼び出された。ジェノヴァには平地はほとんどなく、ベネデット=ザッカリーアの邸宅も、比較的海岸に近いが、小高い所にあった。港が見渡せる、絶好の場所だ。

 ベネデットはマルコに質問した。

「カッファに行って何を調べるつもりだ」

マルコは正直に答えた。

「行ってみなければわかりませんが、ヴェネツィアはさかんにサライに使節を送っているそうです。アッコンが落ちて以降、タルタルの重要性は高まるばかりです」

 タルタルとはモンゴル帝国のことで、その北西を奄有していたのがジョチ朝(キプチャク=ハン国)である。当時のジョチ朝は、大きく3つに分かれており、首都サライを当主トクトが支配し、東方は諸王コニチ、そしてカッファを含む西方は諸王ノガイが治めていた。それぞれが騎兵だけで5万ほどをもっていて、一つ一つが帝国と呼べる規模だった。

 ベネデットはほろ酔い状態で言った。

「ノガイは先帝ミカエルの娘をもらったこともあって、ローマ帝国の庇護者だ。ミカエルの子がノガイとうまくやっていけるかどうかは、わからんが」

マルコは応えた。

「先帝はベネデット殿とは友人だったでしょう。トクト大王は、ノガイの勢力を削ろうとして、ヴェネツィアと結ぶかもしれません」

ベネデットは歯を見せた。

「皇帝アンドロニコスがぐずぐずしている内に、ヴェネツィアの連中は、わしらに攻撃を加えてくるか。黒海沿岸の居留地が襲われても、大王は見て見ぬふりをするかもな」

マルコは、ワインを一口ふくんだ。ベネデットは饒舌だった。

「あるいは大王はノガイをわしらから引きはがそうと考えるかな。どちらにしても、一寸先は闇。いいか、ガザリアのバスカク、ヤイラクは大王の忠実な家臣だ。わしらはノガイだけと仲良くしているわけではない」

マルコには、バスカクの意味がわからなかったが、自分の知らないことがあることに、喜びを感じたのだった。

 ガザリアのバスカク、すなわちクリミア総督ヤイラクは、ノガイの娘婿だったが、この夫婦仲は最悪で、これをきっかけに、ジョチ朝では大規模な内乱が起きつつあった。

 1297年冬、マルコは、旗艦である大型ガレー船「金持丸」に乗船した。見送る人はいなかった。職員採用の可否の連絡は遅かったのに、出発までの準備時間はほとんどなかったのだから、役所の怠慢は目に余る。他にも大小さまざまなガレー船や帆船、合わせて12隻のザッカリーア船団が、ジェノヴァ港を出発した。

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