第3話 ベネデット=ザッカリーア

 ジェノヴァだけでなく、地中海の商人で、ベネデット=ザッカリーアを知らない者はいない。来年50歳になるが、ずっと地中海を回遊していて、まれにジェノヴァに帰ってくる。

 マルコは、港で船長に会うと、すぐにザッカリーアの下に連れて行かれた。

 マルコはあいさつをした。

「カッファ領事館の調査員に任じられました、マルコ=ジュスティニアーニです。よろしくお願いします」

 ベネデットは、商人らしく、帳簿の束をめくっていた。忙しそうだったので、船長とマルコは退室しようとしたが、呼び止められた。

「わしが本国に帰ってきた理由がわかるか」

マルコは、少し首をかしげながら答えた。

「ヴェネツィアとの海戦の戦後処理でしょうか」

ベネデットは睨みつけながら言った。

「他には」

マルコは、物怖じすることなく応えた。

「国債の利率が下がったみたいですね」

ベネデットは、はじめて笑みを浮かべた。

「金を動かすことに興味があるのか。面白いやつだ」

 1296年、ジェノヴァは宿敵ヴェネツィアの艦隊をクルツォラの海戦で破った。この時の司令官の一人が、ベネデットである。彼は自前の船団を率いて参加し、ガレー軍船の1本の櫂に2人ではなく3人の漕ぎ手を使う「トリレンミ」を採用して、ヴェネツィア船より素早く動き、敵をさんざんに蹴散らしたのだった。

 操船だけでなく、商売の腕も超一流である。ただし、かなり強引ではあったが。

 まだ20歳になる前に、ベネデットはニケーア皇帝ミカエル=パレオロゴスと仲良くなり、小アジアのフォチェアを所領としてもらった。そこには、媒染剤や皮なめし剤に使うミョウバンの鉱山があった。このミョウバンは品質が悪かったが、自前の船団でジェノヴァに運び、自分の工場で精製することで価格を下げ、他の業者との競争に勝ち、負けた業者を吸収合併することで、ミョウバン市場を独占し、莫大な利益を上げていたのだった。

 また、戦費調達のため発行された国債の売買で儲けていた。ヴェネツィアとの戦闘には快勝したものの、賠償金や領土を得たわけではないので、国庫は悪化する一方だった。とはいえ、戦争に勝ったのは事実なので、ジェノヴァの国債を買いたい者もいた。そこで、利回りが高い、すなわち国債の価格が安い時に大量に買い入れ、利回りが下がったら欲しい者に売りつけた。

 マルコはベネデットから、後で飲もうと言われた。

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