第2話 もう一人のマルコ

 1297年冬、マルコはジェノヴァの、行政長官のいる方の宮殿に呼び出された。ジェノヴァ共和国の長は一人ではなく、行政長官とは別に民衆隊長がいたが、今回の東地中海への派遣については、どうやら行政長官が関わっているようだった。

 行政長官の執務室には、東洋の豪華な調度品が並んでいた。公費で買った物もあるだろうが、多くは長官自身が持ってきたものだろう。長官もまた、ジェノヴァを代表する商人の一族出身であり、金持ちだった。

 型どおりの儀式が行われ、マルコは在カッファ領事館付き調査員となった。任期は2年である。

 マルコの父は中流の貴族出身だが、商才はなく、より効率的な塩漬けの魚の製造方法の開発に携わっている。子どもは6人生まれたが、長男と末の娘は産後すぐに亡くなり、3男1女が残っていた。

 四男は修道士にするため高い金を払って教会に入れたが、そこで遊んでいる。三男は、手先は器用だが引きこもりがちで、父親とは折り合いが悪い。娘は派手好きだ。漁村出身だが、わりと裕福な家庭に育った母親は、次男マルコを除き、子どもたちを甘やかしている。

 男の子が3人いるのに、働くのはマルコだけで、しかも妹は薄給の衛士と勝手に結婚しようとしているため、持参金が必要だ。

 母は冷淡に言った。

「稼げる能力があるものが、稼げばいい」

マルコは、とにかくお金が欲しかったので、海外にある、領事館の非常勤職員に応募した。試験は、ラテン語と面接だった。

 最初、スペイン方面に行きたいと希望を出したが、いつまでたっても宮殿から合否の連絡はなかった。そこで、マルコは直接宮殿に行って問い合わせた。すると、初老の、いつもニコニコしているが、眼だけは笑っていない役人から、次のように聞かれた。

「君はラテン語だけでなく、ギリシャ語もできるそうだね。両方を操る必要がある、カッファに行かないか」

結果的に、マルコは、スペインとは反対側の、黒海のカッファで勤務することになった。

 家に帰って両親にカッファ行きを告げた。すると父は、

「30年以上前に一度行ったことがあるよ」

と言ったが、それ以上の情報は何一つ得られなかった。

 一方、母は、外地勤務の手当てが本給の2倍以上だと知って、笑みを浮かべた。

 こうしてマルコは、ベネデット=ザッカリーアの海賊船団、もとい、商船団の旗艦に乗り込むことになったのである。

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