第14話

 そんな平凡だがそれなりに幸福感のある生活を送っていたある日、いつものように倉庫を閉め、駅へと向かう道で空を見上げた。あれから季節も廻り、空は既に星が見える時期になっていた。

「年末も近いな」そんな空を眺めながら、子供の頃は死んだ人は星になる。と聞かされていたが、改めて眺めてみると、それもまんざら嘘ではないように思えた。そう思わせるくらいに星々の輝きが眩しく、何かを語りかけているようにさえ感じられた。きっと昔の人は、寂しさを紛らわせるために、星になると考えたのだろう。だから、星が見える間は寂しくはならないと自分に言い聞かせていたに違いない。そんな思いを馳せながらも、ゆっくりとだが軽い足取りで駅に向かった。

「さあて、今日の晩御飯は何にするかな」そう考えながら通い慣れた商店街を歩いていると、八百屋の主人が手を軽く振って笑っていた。彼もあの喫茶店の常連であり、何度か軽い会話を交わすようになっていた。私も軽く会釈をして通り過ぎた。そこから十五メートルほどでいつものマーケットに着く。そしてまっすぐに入口に向かっていると、急に目の前に人が立ちはだかった。店から出てきた人だろうと避けようとしたとき、声を掛けられた。

「こんばんわ」私への声だろうか?と思っていると、その声が私の過去を思い起こさせた。『え?智子?』そう思い、その人物に視点を合わせると、確かにそこには智子が立っていた。両手に買い物袋を下げて笑顔で私を見ていた。

「え?なんで?」私はつい思ったことを口に出してしまった。しかし、智子はそんな疑問には答えもせずに、私に質問してきた。

「いつものお惣菜ですか?」

「え?あ、ああ、そうだけど、なんでここに?」

「やっぱり」智子は満面の笑みを浮かべ、私の問いには答えなかった。

「じゃ、晩御飯ご一緒しましょう」智子はそういうとくるりと振り向き、スタスタと歩き始めた。私は訳が分からずその後姿を見ていたが、すぐにあと追うように足早に歩き始めた。見れば両手に一杯の荷物を持っている。私はすぐに横に並んで声を掛けた。

「ちょっと、どういうこと?」

「いいから、いいから」と智子は笑うだけだった。そのあっけらかんとした態度に、私は言葉を詰まらせた。

「一つ持とうか?」と、その言葉を発するだけで精一杯だ。

「え?あ、ありがとう」智子はそういうと袋を一つ差し出した。商店街の中央付近で角を曲がり、智子はさらに歩き続けた。どこへ行くつもりなのか、見当もつかないまま、私は後に続いた。すると智子が急に振り返り、私に言った。

「ここです」そう言うとエントランスで暗証番号を押すと、そのまま中へと入っていった。たしか数年前に建てられたマンションだ。私も黙ってそれに続いた。まだ新築と言っても良いほど中は綺麗で、エレベーターもピカピカだった。エレベーター内では二人とも口を利かなかったが、智子は私の顔を見ては笑うだけだった。そして五階に着くと、智子はエレベーターのすぐ前にあるドアの前に立った。そして当然ともいう態度でそのドアにカギを差し込み、静かに回旋した。

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