第6話

 神社は最寄り駅から山の方角に向かった、四つ目の駅の近くだ。日曜日と言うこともあり、電車内は仕事に向かう人よりも、余暇を過ごそうとする子供連れや、カメラを抱えた乗客のほうが多い。座席の確保もできなかったので、ドア近くのつり革に二人は並んで摑まった。智子の背丈も、彼女と同じような高さだった。そして漂う髪の香りも懐かしさを運んできていた。そんな幸せな時間もあった言う間に過ぎ、そして向かった神社は、名所と言われるだけあって確かに素晴らしかった。朱に染まる鳥居も本殿もしっかりと管理されているように見受けられた。境内ではカメラのシャッターを切り捲る外国人の姿も多く見られた。お参りした後、ひいたおみくじを枝に結び、参道のお茶屋さんに入った。和菓子と抹茶が美味しいと地図にも載っている店だ。何を願ったのかは聞かずにいたが、智子は意味深な笑顔を私に向けていた。若い者同士ならば神社でデートはしないだろうが、智子は楽しんでいるようにみえた。これでカメラでも持っていれば、完全に家族旅行だろう。その神社は観光客の多さでも有名だったが、沢山の観光客に紛れても、二人の時間は別の次元にあるように思えた。それは、二人の女性の過去と今が、私の中で融合したせいなのだろうか。智子と彼女の顔が重なり話し掛けてくる。二人の女性が右と左から話しかけてくる。私の手を見ても、老いを感じさせない手だったり、一体、今がいつなのかさえ分からなくなってくる始末だ。軽い昼食を摂り、それから博物館に向かった。地方都市としては大きな施設といえるだろう。モダンな佇まいは街の中でも目立つ存在だと分かる。その中の郷土資料館にも入ってみた。正直、移り住んだ街の歴史など、まるっきり興味も持たずに理解していなかった。恐らく、今日という日、智子と出掛けることがなければ、死ぬまで知ることもなかっただろう。智子は色々な資料の入ったケースを真剣に覗き込んでいた。そんな横顔に、私は魅せられていた。

「すごい歴史を経験してるんですね」智子が熱心に見ていたのは、過去の地震による津波の災害資料だった。東日本でも大きな災害があったことで、智子も興味が湧いたのだろうか。資料にはこの地域の半分が津波に飲まれたと記されていた。確かにここは海からさほど離れてはいない。しかし、大海に面しているわけではない。それでも、昔のことだから被害が及んだようである。現代のような防波堤設備もなかっただろうし、しっかりとした水路もなかったに違いない。資料を見詰める智子の横顔に、何度目を奪われたかわからない。その度に、必死の思いで視線を外すのだが、それはとても辛いことだった。

「智子さんはどこの出身ですか?」資料から目を上げたところを見計らって、私は彼女に聞いた。

「私は埼玉です」

「そうですか、津波の心配はなさそうですね」熱心に見ていた理由が、地元のことではないとわかり、その点は安心できた。もしも身内や知り合いに被災者が居れば、下手な言葉は使えないからだ。

「内陸ですからね、でも暑いです」と智子は笑った。その屈託のない笑顔が、私の緊張という糸を徐々に緩めていくことに、私自身も気が付いていた。時間を気にせずにゆっくり見ていたせいか、資料館を出た時にはすでに陽も傾き始めていた。智子の満足そうな態度に、私も喜ばしかった。しかし、心のどこかで、こんな幸せな時間など続きはしない。という思いが湧き出るのも感じていた。そういった思いを隠しながら、

「じゃあ、ちょっと早いけど、いきますか」と私は尋ねた。

「ええ、いきましょう」私の思いとは裏腹に、智子は笑いそして答えた。

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