第4話

 「どうぞ」私の声は恐らく一オクターブくらい高かっただろう。

「今日はライター持ってきました」彼女は座るなり私に言った。

「ライターくらい、いくらでも貸しますよ」私は笑って答えた。でも、そんな話などしたくはない。彼女のことを知りたい。ただそれだけを思っていた。しかし、そんなことを聞くわけにもいかず、私は憂鬱になった。見ればまだ若い女性だ。私の子供と同じくらいだろう。そんな人と仲良くなれるはずがない。しかも、この街には用事で訪れただけの通りすがりの旅人だ。そう自分に言い聞かせていた。彼女は何やら話していたが、会話の内容は耳には届かなかった。懐かしい彼女の面影を、ただ、目の前に存在する女性の姿から探していた。

「……じゃ、いいですか?」と、彼女は突然私の顔を覗き込んだ。

「え?」はしゃぐ彼女の声に現実に戻されたが、話は見えてはいなかった。

「だから、今夜。連れて行ってください」

「え?どこへ?」

「もう、焼き鳥屋さんですよ。おいしいお店があるって言ってたでしょ、今」

どうやら適当に相槌を打っている間に、そんな会話の流れになっていたらしい。

だからと言って、聞いていませんでしたと、今更断るわけにもいかずに

「あ。ああ、じゃ、何時ころが良いですか?」と答えた。ここで乗ってこなければそれまでだと思っていたが、彼女は平然と答えた。

「今日はずっと暇なので、何時でも」彼女の笑顔がまたも私の記憶をくすぐった。『笑い方まで似てる』

「私も暇なので、何時でもいいんだけど……」と、たどたどしく答えると、

「じゃ、今から遊びにいきましょう。どこか名所とか案内してください」彼女の突然の提案に、私は正直に驚いた。会ったばかりの見ず知らずの人間と出掛けるなど、今の若い子のノリなのだろうか。そうだとすれば流石に受け入れるのが大変だ。しかも、ろくな服を着ていない。彼女のほうは白いブラウスに紺のジャケット、どこに行っても可笑しくない服装だが、私はポロシャツにジーンズとサンダル姿だ。

「あ。でも、こんな格好じゃ」と私が言うと、

「大丈夫。ここで待ってます」と彼女に急がされた。そんな遣り取りを傍目で見ていた店主は、事の成り行きに驚きと羨望の眼差しを送ってきた。そんな視線に戸惑いながらコーヒー代を置くと、私は一目散に部屋に戻った。だからとって若い女性と一緒に歩けるような服はない。時代遅れのシャツとジャケットを羽織り、くたびれたスニーカーを履いて私は彼女の待つ喫茶店へと足を急がせた。こんなにドキドキするのは何年振りだろうか。まるで高校生にでも戻ったかのように気持ちは高ぶっていた。しかし、私は途中で歩速を緩めた。『もしも待っていなかったら?』『もしも私の服装に幻滅したら』ともしもの事柄が頭の中で渦巻きだした。最悪の事態を想定しながら、それでも私は歩いた。ただ、その足は過去に感じたことのないくらいに重く感じていた。『からかわれているだけだとしたら』彼女が少しも似ていなかったら、私も興味をひかずに、こんな心苦しい思いをしなかっただろう。期待と不安の混じった気持ちでお店のドアを開けると、彼女はそこに座っていた。私が店を出た時と同じ椅子で、同じ格好で、同じ笑顔で待っていた。

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