第3話

 彼女と出会ったのは中学生になったとき。同じクラスで隣同士になったのがきっかけだ。同じ小学校にも通っていたが、その当時は彼女の存在すら知らなかった。小学生くらいでは、クラスという集団に対処するのが精一杯だ。だから他のクラスの生徒など、知らなくても仕方がないのかもしれない。しかし、隣に座ったことで授業中などもノート上で会話をするようになり、急速に親密になっていった。それから彼女とは、長い間付きつ離れつの繰り返しだった。喧嘩をしては離れ、ごめんなさいと言っては付き合っていた。その繰り返しに終止符を打ったのは私のほうだった。どこかで彼女に甘えていたのかも知れない。彼女と離れているときに、若気の至りで付き合っていた年上の女性が妊娠。そして結婚したからだ。正直、当時の私に結婚の意思など全くなかった。けれども、出来てしまった子供に罪はない。という正義感が出て、それが結婚に踏み切った理由であった。そして予想通りに失敗。そもそも、その女性を愛していたのかさえ、私は理解していなかった。若い二人が、肉体を貪り合った結果に過ぎない。実際問題として、私は若すぎた。友人たちが自由に遊ぶ姿が羨ましく、何故自分だけがと憤りを感じたものだ。そして年月が流れ再婚したが、同じ繰り返しだった。結婚生活を送りながらも、彼女のことを思い出し、彼女の夢を見た翌日には、妻の顔を満足に見ることさえできなかった。何故、またも違う人と一緒になったのかさえ、今では思い出すこともできない。川に落ちてそのまま流されたように、意思とは無関係に事と時間が進んでいったように感じる。そして、二度目の結婚に失敗し、暫く経ったある日『彼女が死んだ』と想像すらしていなかった話が耳に届けられた。彼女もすでに結婚しており子供も授かったが、夫婦関係に問題があったそうだ。それ故、死因に色々な噂が飛び交ったが、例えどんな理由にせよ、彼女は死んだ。この世界から消えたということだけが、私にとっては認めなくてはならない事実だった。思えば心のどこかで再会を望んでいたのだろうか。それさえも断ち切られた私は、心に開いた穴を埋めることが出来なかった。その心の歪みが生活にも表れ、仕事や対人関係にまで及んだ。そして今の生活である。しかし、記憶の中の彼女は色褪せることはなかった。私にはそれだけで十分だ。この後、いつまで生きるかわからないが、その思い出だけで生きられると思っていた。この先、彼女以上に愛せる人が現れるとも思っていなかった。だからかも知れないが、人との間に意図的に距離を置いてしまった。ところが、その彼女とそっくりな人が目の前に現れれば、心が乱されても可笑しくはないだろう。悶々とした気持ちを抱きながら一日を過ごし、やがて私は浅い眠りについた。


 どんな夢を見たかは覚えていないが、目覚めの気分は良かった。連休ということもあり、その日も喫茶店へと足を運んだ。当然僅かな期待を胸に抱いていたのは否定できない。コーヒーを一杯飲み、時計に目を向けると九時を少し回った頃だった。あと一本煙草を吸ったら帰るか、と考えていると、ドアのベルが鳴った。既に三度も振り向き、期待を裏切られていた私は、その音に反応することが出来なかった。すると

「ここいいですか?」と待ちに待った声が聞こえた。振り向くまでもない。昨日の彼女の声だ。

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