はみだしミニーチェ『キリスト教批判』
ニーチェの思想の根本にはキリスト教批判がある。
今回はそこにフォーカスを当ててみよう。
フリードリヒ・ニーチェの父、カール・ルードヴィヒはプロテスタントの牧師であった。
ニーチェが4歳の時に父は逝去しているが、幼い頃は父の跡を継ぐと周りも期待し、本人もそう思っていたことだろう。
つまりニーチェはキリスト教批判をしているが無神論者というわけではない。
それは「神は死んだ」という文言にも現れている。
ニーチェは決して「神などいない」とは言っていないのだ。
「神は死んだ。我々が殺した」という『悦ばしき知識』の中で触れ回る男の言葉には、どこか絶望が感じられる。
ニーチェの著作『ツァラトゥストラはかく語りき』のツァラトゥストラはゾロアスター教の教祖と同名であるが関連はない。
しかしその言動は新約聖書のキリストのものと符合する部分が多い。
ニーチェ研究者の中には、キリスト教を批判しながらもユダヤ教を改革したイエスの行いには畏敬を抱いているという者もいる。
ではなぜ、牧師になる可能性すらあったニーチェがキリスト教を批判していたのか。
それは、キリスト教が当時のヨーロッパ最大の思想だったからだろう。
今まで述べてきた通り、ニーチェは全体が信仰する『
個人個人が思考するのを止めて、流されるように他人が持て囃す思想に染まることこそ、ニーチェが批判するものだった。
ニーチェの没後、彼の思想はナチスのプロパガンダに利用された。
そしてナチスの台頭した第二次世界大戦において、人類は第二の太陽こと核の開発に成功し科学全盛の時代を迎える。
我々の現代にも通じる観念ではあるが、ニーチェがそれを見たら『科学偏重という思想』をも批判したに違いない。
そしてニーチェから100年後のイギリスにて「
『Anarchy In The U.K.』を歌うセックス・ピストルズである。
セックス・ピストルズは瞬く間にパンクブームを作り上げた。
それを見たらニーチェは恐らく言うだろう。
「ブームとか大嫌いなんで。みんなが聞くようになって冷めたわ」
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