はみだしミニーチェ『悲劇の誕生』

 『悲劇の誕生』はフリードリヒ・ニーチェの最初の著作である。

 初版は『音楽の精神からのギリシア悲劇の誕生(原題:Die Geburt der Tragödie aus dem Geiste der Musik)』だった。


 1872年、ニーチェはこの頃、バーゼル大学で古典文献学の教授をしていた。

 24歳にして教授に抜擢され、将来を嘱望された天才ニーチェのデビュー作である。


 本当は哲学を教えたかったのになれなかった、という状況の中で執筆されたこの著作は、ギリシア悲劇をモチーフにした古典文献学的な内容のように見えて妙に哲学的なアプローチで書かれているために、微妙にわかりにくい。


 とはいえ、現実の事象を思い込みが強めな仮説の元に細分化していき、整理するというニーチェの手法はこの頃から変わっていない。


 この本の中では、『ソクラテス的』という見方を痛烈に批判している。


 現代の賢いと思われたい層にとっての大スター、論破界のアイドルことソクラテスだが、感覚や本能を批判し論理的にアプローチするという『ソクラテス的』な見方こそ悲劇の本質的な観念を殺したとバッサリ斬っている。

 そもそもソクラテス的な思考は理性があらゆるものを認識できるという楽天的な考えからでており、我々はそんなになんでも分かるわけがない。とニーチェは述べた。


 「難しい理屈よりもノリのが大事っしょ!」というチャラめな理論を展開し、昔のギリシャのやつより現代のドイツ最高、ワーグナーのニューアルバム聞いてくれよな!

 という感じでこの頃大好きだったワーグナーのプロモーションが多めに出てくる。


 将来を嘱望された天才ニーチェだが、個人的な見解に満ちた本書はアカデミズムにおいては全く評価されず、その後のニーチェの評価はガタ落ちする。


 後年のニーチェはこの著作に関してかなりネガティブに語っている。


 鼻息を荒げて理想と願望を詰め込んで一生懸命書いたのにボロクソに言われてしょんぼりしてしまうニーチェを想像すると、可愛く思える一冊である。

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