『物語を書く人のための推敲入門』イントロダクション
『物語を書く人のための推敲入門』
ラリー・ブルックス=著
イントロダクション
これは作家の内なる心についての本だ。
大げさに聞こえるかもしれないが、本当のことだ。この本で人生を変え、魂を救ってほしいとでも?
まあ、そうだ。
だって作家たる僕らはいつだって、読者のため、自分のため、この二つの文学的野心を何とか両立させようとしているじゃないか? たとえ楽しませることだけがいちばんの明確な目的なのだとしても、やっぱり僕らは自分たちの作品が記憶に残ってほしいと思っている。没にされたとき、全力で頑張ったのに話がうまく書き上がらなかったと(大元は同じことなんだけど感覚的にも実力的にも)自分でわかっているとき、僕らは希望が冷たい現実という暗礁に乗り上げてしまったような気持ちになる。ずっと書き続けていればどこかで、みんなその気持ちがよくわかるようになる。
つまりこの本は、作品を「推敲」する際に元々の出来をうまく捉え直して、それまでの労力を再利用しながらそいつをうまく黄金に換えようという話だ。ただ文章そのものを技術レベルで改善するんじゃなくて、何かもっと深いものや力強いものを生み出してやろうという考えで推敲に取り組めば、本当にすばらしいものができあがってくる。
逆に、失敗から何も学ばなかったり、失敗の本質やどうしてそうなったかをしっかり理解していなかったりすると、自己創作のパラドックスに陥ってしまう。このパラドックスの部屋には、まずもって失敗の原因や理由がわかっていない没原稿の書き手たちがうようよいる。
こういう書き手はえてして、タイミングが悪かったとか、運が悪かったとか、正しく評価してもらえなかったとか言って、失敗を見ないふりする。でもほとんどの場合、もっと深刻な理由で没になっているんだ。
自分の作品がどう受け取られるかは完全にコントロールできないけれど、創作の基礎として使える知識を自分がどう身につけて活用するかはいくらでもコントロールできる。うまく推敲するためには、高度な知識を学んで実践しながら、上達のきっかけになる具体的なフィードバックをストーリーに取り入れつつ、技わざと相関する学習曲線を伸ばしていくことが必要だ。時には個別のフィードバックもないままに、ふんわりした反応や、再三つっかえていた自分の疑念をもとに推敲しなければいけないこともある。
ストーリーがうまくいくときはたいていの場合、知識が何か形になって解釈できていること、つまりストーリーを「機能」させる全要素が自分で意識してわかっている点に負うところが大きい。ストーリーがうまくいかないのは、おおよそ書き手がそうした要素を知らないからだ。いやもっとひどいのは、無知よりも無視だ。たまたま立て続けに成功しているが実はほとんど何も「知らない」、というケースにもこれは当てはまる。
さて、どういうことなのか。傑作の書き方を学ぶのが大変なのは、一つには、僕のような連中がいくら実践を積み重ねて原理原則を組み立てても、必ず燦然と輝く例外があることだ。宝くじに当選した人、つまりごくごく稀な新人有名ベストセラー作家がみんな、どうやって当てたのかを説明できるわけではない。要は、そいつらから学べることはまずないということだ。ふと思いついて、心のまま筆のまま書いて、それがうまくいくこともあるにはある。もっとも、傑作を書くのは宝くじと「同じではない」。書きたいことと滅多にない幸運がたまたまうまく重なる以上に、もっといろんなことが関わっている。だからこそ戦略と知識が、執筆のテーブルに置く道具の一つになりえるし、必需品にもなる。
そうしたいなら心のままに書けばいい。ただその心も自分が何をしているのかわからなければ、どこにも辿り着けないし、ゆっくりとしか進めない。
確かに心は突き動かすものだが、また心も「知る」必要がある。
傑作の書き方がわかりにくいもう一つの理由は、そのジャンルの大家たちがそれこそそれぞれいろいろに書き方を語りまくっているからだ。ありきたりのコツを集めたところでなんだか矛盾しているものになってしまい、正直なところただはっきりしないものになったり、全体像を考えるまでに至らないことも結構あったりする。たとえば「直感」は(執筆の世界へと至る鍵として多くの人々から喧伝されているが)、いつも創作プロセスの(ストーリーの設計と実行の両段階で)大事な要素とされているものの、それに頼るだけではあなたの本が実際に出版される可能性はかなり低くなる。その実際のゴールは、直感の幅とレベルの両方を育てて「成長」させることだ。この直感をここでは「ストーリー感覚」と言い換えよう。成功の源だと本当に言い切れるまでに育むわけだが、この感性はおそらく、結局のところ運とはまったくと言っていいほど関係ない。
ひとたび鋭いストーリー感覚を身につければ、それまで見失っていた技術のあらゆる要素がそのなかにあると気づくかもしれない。ただし実のところそれは技術の基本というより、むしろ勘と呼ばれるものに過ぎない。
大先生たちがよく言うあのお題目のことを思い出してみよう、創作教室という遊び場で実際おなじみの名文句を全部だ。「キャラクターこそがすべてである」、「ストーリーは構成に勝る」、「構成がすべてを決める」、「プロットは自由だ」、「プロットがキャラクターを作る」、「三幕構成」、「四幕構成」、「ゼロ幕構成」、「コア・コンピタンス」(自分だけの武器)、「ストーリーの力学」、「雪の結晶」(つまり個性)、「ストーリー設計」、「ストーリー・パンツィング」(とにかく思うまま書き始めること)、「椅子にケツをつけてただ書け、流れのままに進め」。あらゆる規模・形態・スタイルのワークショップがあって、なかにはヒット小説の作家が実際に教えるワークショップもある。しかしこうしたアプローチが一理あるとなれば、やはり混乱を招きかねない。
もし誰かが、私の言う「ストーリー感覚」を認めた上で、筆のままに自分のストーリー・アーク(起伏)のなかに入って進んでゆけと提案したところで、そのプロセスがあなたに有効かどうかはわからない(これはあなたに合っているかどうかとは別の話であることが多い)。正しいか間違っているかの問題ではない。というのも、別の書き方を採る作家にとってはもう間違っているからだ。とりあえず椅子に尻を落として書くというストーリー・パンツィングのやり方は、どの作家にも有効とはならない。知識に裏打ちされたストーリー感覚が自由自在のようになっている書き手にしか有効ではないのだ。そうでないのに、善意で教えてくれているからと鵜吞みにしているなら―思うままのストーリーに従い、あなたがストーリーと登場人物のただ言いなりになっているなら――これは考え得る限り最悪の執筆アドバイスとなる。
この力学は逆もまた真だ。ストーリー設計は誰にでも有効とは限らない。誰でも見事な設計ができるわけでも、痛快な設計ができるわけでもないからだ。
そしてこう考えるに至る。ストーリー設計を活用する作家にもしない作家にも等しく適用できる、一定の基準・尺度、効果的なストーリーを形作るために検証・操作できる物語要素があるはずだ、と。いいストーリーの基準に辿り着ける通行証は誰ももらえない。だから僕らの選ぶ道はいつもそのゴールへ向かおうとしているのだ、と。
これはひどい話でもある。というのは、お気に入りの大先生がどんなアドバイスをしたところで、どのキャンプに所属するかを決めるのは結局のところ自分だからだ。ストーリーテリングの教官たる僕の隊には、自分のストーリー感覚が鋭く発達していると思い込んでいる受講者が大勢いるのだが、何年も何十年も迷ったあとようやく、最初からあったストーリーテリングの原則を指針として受け入れる。それ以上に、ストーリー感覚の発達という性質を証明してくれるものはないのだと。ぱっと雲が晴れて、とうとうつかむのだ。はっとして、その勘なるものの名前がわかる……ああ、これが「技わざ」だと。
次に推敲をしよう、最後に残ったのはもう推敲だけだ、となったとき大いに役立つのは、無数のよくあるコツから何をどううまく選び取るかの理解だ。この際、自分が勝手に「正しい」と思うものだけを抽出するのではなく、ストーリーテリングの全体の設定が強化・強調されるものを選ぶのだ。
自分の執筆プロセスにどんな知識を使ってみるか決めるのはあなただ。そしてその選択次第であなたの文章は生きたり死んだりする。結局、運と勘はほとんど関係がない。なぜならどちらも、自分がストーリーテリングについて何を本当に理解しているか(もしくはしていないか)を示しているに過ぎない。その知識が役に立ったときには「勘がいい」と呼ばれ、そうでないときにはえてして、頭だけではビジネスはうまくいかないもので「運が悪かった」などと言われる。
確かに、傑作執筆のために知るべきあらゆることがわかっているやつなんていない。この技の当代の名手として最大級の敬意を得ているウィリアム・ゴールドマンも、「誰も何もわからん」と言ってそのことを請け合っている。僕らには自分たちの技を「知る」努力もできるが、同時に自分の内にいる語り部に、いいことを言ってくれないかと耳を傾ける必要もある。
時にはそれがうまくいくことだってある。
勘の力
ストーリーがご立派なものに仕立て上がるまで勘頼りでどんどんやり続ける力というものは、過小評価されるべきではないが、かといって当てにできるものでもない。筆のまま思うままにしてうまくいくのは、その勘が無知でなく知識に裏打ちされている場合だけだ。でないと、何年も橋を渡ってきたから橋を築けると思い込むのと変わらない。直感こそがストーリーを書くただ一つのリアルな手段で構造や技巧みたいなものは避けろとアドバイスしてくる執筆の大先生がたは、かなめになる物理学の知識もないままに勘だけに頼ってどんどん橋を架ければいいとでも言うのだろうか。うまくいくことがたまにはあっても、とりわけ新米の書き手によれば、たいていは橋が自重で崩れ落ちる水しぶきの音が聞こえることになる。
ストーリーがあれば構成が不要になるのではない
――ストーリーこそが構成なのだ
創作の秘訣は何ですかと聞くインタビューで、自分のストーリーがどこへ向かうのか実はわからないんですよ、と言い出す有名作家は多い。だがその作家たちが言い忘れているのは、(大原則である技に基づきつつ)ドラマの構造や登場人物の起伏(アーク)の流れに沿えば、ストーリーがどこに向かう「はず」なのかはちゃんと理解しているということだ。秘訣の一部だけ見れば、(「たぶん」ではなく)絶対にひたすら書いてただ自分の筆を信じてストーリーが必要なことを教えてくれるままにせよ、ということなのだろう。ワークショップの受講生たちにとって、つまり聖書のような手引きを鵜吞みにしている大勢の人たちにとって、これもまた史上最悪の部類の執筆アドバイスだ。
こうした作家たちが語っているのは、あくまで「プロセス」の話だ。使えそうな創作のルールも全部捨てて即興でやってしまえというアドバイスをしているものだと勘違いしないでほしい。この作家たちは原理がわかっているからこそ、マニュアルを見ないでもお湯の沸かし方がわかるのだ。
自分のストーリーを手直しするための本を読んでいるのなら、この善意からくる巧妙な手口もきっとお気づきのことだろう。
このことは常に「心に留めて」おいた方がいい。
次のドラフトを用意するときには、失敗した下書き(もしくは未推敲の清書とは言えない下書き)のどこがどんなふうに足りなかったのかその要点を横に置きながら、技巧についての自分の理解を一つずつ照らし合わせていけば、原稿も救い出せる。この流れでは、推敲は単なる書き直しでなく、おおむね自分のストーリーの「再考」と言っていいだろう。
知識は僕らの周りをうろうろしながら、見つかるのを待っている
知識は水のようなもので、命そのものの源だ。何と呼ぼうが何と認識しようが関係なく、ただ「そこ」にある。無謀なことをすると当然の結果がつきまとう。たとえば深く長く潜りすぎたり、じゅうぶんに摂取できなかったりしたときのように。勘が狂えば死ぬことだってあるわけだ。だから自分のストーリーを救って蘇生・回復させるクエストを始めるためには、まず自分の内側を見つめることが必須だ。何を知っていて、何をしらないか、気づいていることは何で、まったく見落としているのは何なのか。自作に不満足な点があれば、その種がまかれたところにこそ知識がある。知識の力を借りれば、ストーリーテリング技術の基本ルールと、取りかかる絶好の糸口はすぐに見えてくる。
この本には、自分のストーリーの再構築方法だけでなく、作家として自分をどう作り直すかについても書かれている。どちらも目的が一つで同じであるとわかってくるはずだ。ストーリー修正という大洋をうまく航海しようと必要なモノの考え方を探っていくと、そのプロセス有効化の核心となる技巧の問題にぶち当たる。そのとき、聞き手の意識が不十分ならさらに微妙な議論も耳に入りようがないので、上手なストーリー修正の正しい考え方にあえて立ち返って、技巧のツールと基準も流れに応じて使うことにしよう。
戦いに勝つ方法を知るのみならず、戦っているその理由を知る必要がある。それこそがこの本の本筋だ。生存競争に闘争、その二つのあとに来るトラウマという現実。最初に確かな原則がわかってくると、次の段階では説明全体が違って見えてくる。
本書では、元々どんな荒くれ者であっても、新兵採用オフィスから出てすぐに兵士たちを戦闘に送り込むようなことはしない。まず新兵訓練所(ブートキャンプ)で調教し、それぞれのスキルに特化した訓練を受けさせてから、そいつらを戦士に鍛え直すのだ。あなたのストーリーについても同様だ。作家としての自分に向き合うことが必要なのだ。そうすれば執筆という旅のなかで気にせず次のレベルに進めるようになる。
この戦いに敵はいない、最高レベルの技の入手にひるんでいるあなたがいるだけだ。それさえできれば、誰もが勝つ。
一回の下書きでストーリーを全部仕上げろなんて、誰も求めていない。ただ物語のコンセプトが発想としてしっかり固まっていて、あなたの技巧レベルがじゅうぶん高い場合には、二回でうまくいく可能性はある。
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