『最高の映画を書くためにあなたが解決しなくてはならないこと シド・フィールドの脚本術3』第1章 問題解決の技術は「認識の芸術」だ
『最高の映画を書くためにあなたが解決しなくてはならないこと シド・フィールドの脚本術3』
シド・フィールド=著
第1章 問題解決の技術は「認識の芸術」だ
▼問題を放置せずにチャンスととらえる
数週間前、私の脚本作成ワークショップで、ある受講生が悩んだ表情で、自分の脚本から何ページかを私に見せた。
私は何も言わずにそれを読んだ。
彼女が書いた場面は第二幕の始まりだった。主人公である女性弁護士が、彼女の母親の奇妙で予期せぬ死を調査しているシーンだ。母親は、病院での簡単な外科手術の回復途中で亡くなった。
愕然としながらも、悲しみの中で主人公は母親が突然死んだ理由を見つけようとする。しかし、誰も何も語ろうとしない。医者は彼女をはぐらかし、看護師たちは何も知らないと言い、そして病院の管理者は彼女を気遣うように、悲しみからの回復リハビリに参加するよう勧める。彼女の悲しみは怒りに変わり、何が起こったのかを突き止めることにする。手がかりを追い求め、彼女は母親が死ぬ直前に世話をしてくれていた看護師のうちの1人を見つけることに成功する。不思議なことに、看護師は母親の死後数日で病院を辞め、忽然と姿を消していた。しかし、彼女自身の執念と弁護士の友達を通して、なんとか看護師を突き止める。
そして今、彼女はその看護師と話をしに行くところである。
これが私の受講生が書いたばかりのシーンだ。読むにつれ、私は彼女がなぜ悩んでいるのか推察を始めた。
彼女はそのシーンを尋問のように書いている。
主人公は看護師を問い詰める。看護師は母親の死について何も語らない。
これは重要な場面だ。この場面で物語を前進させ、主人公の情報を明確にしなければならない。主人公はタフで、美しく、聡明で、そして起きたことを受け入れるだけではなく、それがなぜ起きたのかを突き止めようとする。そしてこのシーンは、主人公が手にした最初の手がかりで、ある種の隠蔽が行われているという彼女の疑いを裏付けるものだ。誰かがここでミスをした、そのせいで彼女の母親は死んでいる。
▼何かがおかしい……
私はクラスのみんながそのページを読み終わるのを待って、そのシーンを書いた女性に、「どう思いますか」と尋ねた。
「何かがおかしいと思います」と彼女は言う。
彼女は〝問題〞を抱えている。
脚本には必ず問題点があるものだ。昔から「書くことは書き直すことである」と言う。私の経験上、問題の捉え方には二つある。
一つ目は、何かがうまくいっていないという問題を、そのまま放っておくことだ。とても簡単だ。
二つ目は、問題発見を、最終的には脚本を書く技術を向上させるチャンス、チャレンジと捉えることだ。
問題点は創造性の原動力になる。生かすも殺すもそれはあなた次第だ。
▼何が問題なのかわからないままでは、解決できない
脚本に問題があると単純に思ってしまうと、パニックになることがある。それは非常に恐ろしい経験だ。
私は世界中で脚本セミナーやワークショップを行ってきたが、どこに行っても同じことを耳にする。脚本家たちは、「構成が機能していない」「キャラクターが弱い」、または「台詞がフラット」と言う。
でも、私は彼らに言う。「大丈夫。必ず解決する」
彼らは私がからかっていると思って笑う。でも私は冗談を言っているのではない。
ほとんどの脚本家にとって恐ろしいのは、脚本に問題があるかないかではなく、問題点の本質が何であるかを知らないことだと思う。彼らはそれを明確にすることも説明することもできない。それは、曖昧な違和感、不明確な不満、わだかまり、のどの棘としてのみ存在する。
受講生は、そこに問題があることを感じた。ただ、それが何であるか分からなかった。問題解決の技術は、そういうはっきりしない感情を認識して、問題の原因解明に導くガイドにすることを意味する。問題解決の技術は〝認識の芸術〞だ。
受講生の脚本では、主人公の弁護士がノックして看護師の部屋に入って来る。そして彼女と看護師は会話を始める。シーンはスムーズでよく書かれていた。しかし全体的な効果としては幾分キレがなくて退屈だった。基本的には、説明台詞だ。それは映画脚本ではない。戯曲だ。恐怖感も緊張感もなかった。
テンポが悪くて退屈なページを読むとき私が最初にすることは、葛藤のおおもとを探すことだ。そして、これらのページにはほとんど葛藤がなかった。
私は彼女の感情がそのシーンについてどうだったかを知りたかったので、「あなたはどう思いますか」と尋ねた。
「何かがおかしいと思います」と彼女は答えた。「何かがうまくいっていません」
「どんなふうに?」具体的に知りたいのだ、私は。
「えーと、わかりません。何かが良くないんです」
「それで、あなたはそれが何だと思いますか?」私はしつこく聞き続けた。
彼女はしばらくそれについて考え、それから言った。「ぼんやりしているように思います。曖昧な感じです。」
ぼんやりしていて曖昧だ。
それはかなり正確な説明である。あなたがうまくいくと思い込んでいるほどうまくはいってないことが分かる。そして、その小さな〝むずがゆさ〞、その小さな〝ぼんやりと曖昧な〞感じに注意を払わないと、後でもっと大きな問題に発展する可能性がある。
脚本を書くことは、非常に特殊で要求の厳しい技術であり、シーン、シークエンス、またはキャラクターのいずれかが機能しない場合、ページ全体に長い影を落とす。それは後になって本格的な問題に発展する種になる。そのため、これらの症状が発生したときには、それをキャッチしてメモすることが重要だ。
問題があると感じるのに、それを説明したり明確にしたりできない場合、それを修正するすべはない。それは自然の法則だ。何が問題なのかわからないままでは、修正はできない。
問題解決の技術は認識の芸術である。それは作家の認識力と自覚に負うところが大きい。問題があると思われる場合(脚本が長すぎる、語りすぎる、キャラクターが弱すぎる、軽薄すぎる……)、少なくともあなたがそれを正確に説明することができるまでは何もできない。放置する以外は。
解決せずに放置する多くの脚本家がいて、その部分は、何をしてもうまくいかないシーンとして残ってしまう。そして、他人がそれに気づかないことを願うばかりだ。これをダチョウ症候群と言う。〔ダチョウ症候群:目の前にある問題や危険を直視せず、何もしないでやりすごそうとする心の状態〕
しかし、問題を明確にし、はっきり説明できる方法を知っていれば―例えば、主人公は消極的すぎてアクションが消えている、あるいは共感できない、あるいは台詞が直接的過ぎるかもしれない―あなたはそれを把握しており、自分の能力の範囲内でそれを解決することができる。
それでは、私たちが問題解決と呼んでいるこのプロセスの中で、どのようにして〝ぼんやりと曖昧な感じ〞を修正することができるか。
▼主人公の〝劇的欲求〞(達成したい目的・目標)を考える
まず問題を明確にする。それは一般的に素材を再考することから始める。あなたの意図を分析しなさい。
シーンの目的は何か? 何故か? 主人公の劇的欲求とは何か―主人公は脚本の中で、何に勝ち、成功し、達成したいのか?
それは通常、かなり簡単に説明できるものだ。
『テルマ&ルイーズ』(脚本:カーリー・クーリ)では、安全にメキシコに逃げる必要がある。『ダンス・ウィズ・ウルブス』(脚本:マイケル・ブレイク)では、主人公ジョン・ダンバーは、荒野の最果てに行き、スー族の土地と人々の生活に適応することが劇的欲求だ。
では、あなたのキャラクターの劇的欲求は何か? シーンの文脈内で明確にしなさい。
この劇的な欲求を明らかにできれば―アクションまたは台詞を通して―あなたはより多くの背後の意味と手ごたえを得て、シーンをより重層的なものにできる。
問題解決の最初のステップは、シーンが欲しているものを再考することだ。そうすれば、シーンをダイナミックなものにし、その中にある感情的な力をひとつひとつ明確にできる。
シーンはドラマ上のアクションの中心であり、脚本に対して二つの基本的な機能を果たす。一つ目は、シーンが物語を前進させることで、二つ目は、主人公についての情報を明らかにすることだ。ストーリーと登場人物についてのこれら二つの要素は、あらゆるシーンで視覚的に提供されるべきだ。様々な脚本のシーンを読み、映画を研究すると、これが事実だとよくわかる。脚本を読んでいて当たり前のようにあるのが、ストーリーラインに何の貢献もしない事件や出来事に割かれた無意味なページが次から次へと出てくることだ。
脚本は映像と台詞と説明で語られ、劇的な構造の文脈の中に位置する物語だ。
しかしなぜか私たちはいつもそれを忘れてしまうので、私は繰り返し述べている。
各シーンは常に物語を前進させなければならない。その際、始まりから終わりへと進むのが通常だが、この順番にこだわる必要はない。『パルプ・フィクション』(監督・脚本:クエンティン・タランティーノ)や『戦火の勇気』(脚本:パトリック・シーン・ダンカン)や『イングリッシュ・ペイシェント』(監督・脚本:アンソニー・ミンゲラ)などは、必ずしも各シーンは最初から最後へという順番とは限らない例だ。
私の受講生が「ぼんやりとしていて曖昧だ」としか説明できなかったシーンは、ストーリーを前進させる重要なシーンだ。にもかかわらず、彼女が書いた方法はあまりシャープではなかった。台詞は華美で、直接的すぎた。緊張感も背後の意味もなく、存在感がなかった。また、十分な明解さや奥行きもなかった。
だから私は彼女にキャラクターの劇的欲求を再度明確にさせた。このシーンでのキャラクターの劇的欲求は、母親の突然で奇妙な死についての何らかの情報を見つけることだ。何かまずいことはあったか? ある種の間違い? 看護師がなぜ突然退職して病院を離れたのか? 情報の隠蔽は続いているのか? そこで何が起きているのか?
これらはすべて、シーンの文脈(コンテキスト)内での重要な疑問だ。
そして文脈(コンテキスト)とは、何かを所定の位置に保持する空間のことだ。それは内容物を保持するコップの中の空間だ。水、コーヒー、牛乳、ビール、ナッツ、レーズンなど、中身は何であれ、コップの中の空間は変わらない。シーンの重力。それが文脈(コンテキスト)だ。
▼シーンにエッジを効かせるのが葛藤だ
思うに、受講生は、より緊張したシーンをより鮮明に、より明確にするべきだった。その唯一の方法は、より多くの葛藤を生み出すことだ。だから私はいくつかの提案をした。例えば、主人公が到着したときに看護師は家にいない、彼女がすべきは車の中で待つこと、たぶん数時間。これはシーンにバックストーリーを提供する。それは人物がある緊張感を持ってシーンに入ることになる。
では、もう少し葛藤を加えよう。主人公は数時間待たなければならなかった。シーン内で葛藤を引き起こすために他に何ができるだろうか。看護師にはボーイフレンドがいて、その男があまり利口ではなく、看護師が帰宅する前に主人公の弁護士をアパートに入れていたらどうだろう。彼は彼女らが友達だと思った。看護師が家に着いたとき、彼女はすでに家にいることができる。
これらの要素はシーンに大きな葛藤を追加する。看護師が家に着くと、彼女は、見知らぬ人である弁護士を中に入れたことで彼氏に腹を立てる。看護士は主人公の母親に何が起こったのかを知っているに違いないが、何も語ろうとはしない。彼女は町を出る準備をしていたのかもしれない。しかし、主人公はタフで、何も譲歩したくはない。
それはシーンに何を与えるのだろうか? 明らかに、劇的な力を明確にさせる。今まではぼんやりとしていたことが、緊張と葛藤の可能性を示す。そこにはエッジが効いてくる。
▼シーンをよりシャープにするために〝自由連想エッセイ〞を書いてみる
さらに、シーンの問題点から抜け出す方法がある。私はこの本を通して、あなたの書く物語やキャラクターについての短いエッセイを書いて、出来事や関係を明確にし、膨らませることをお勧めしたい。看護師は主要な登場人物ではないが、ストーリーにとっては重要だ。彼女の登場シーンは、重要なシーンとなり、〝あいまい〞になることはできない。
私は受講生に看護師生活での出来事をスケッチすることを提案した。彼女は病院で正確には何を見たか?
彼女はどのくらい知っているのか? 実際に何が起きたのか? 私は、弁護士の母親が死に至るまでの一連の出来事を、看護師の視点で段階的に作成するよう受講生に言った。
それができたら、看護師と彼女の〝彼氏〞との関係を明確にさせた。そうすれば、非常に劇的価値のあるサブテキストを掘り起こせるかもしれない。そこで私は、2人の関係についての短い自由連想エッセイを書かせた。シーンの要素をシャープにするためだ。看護師はどこで彼に出逢ったのか、どれくらい一緒にいたか、真剣につきあっているのか? それとも2人の関係は終わっていて別かれるつもりか。これらの質問への答えは、シーンの内と外から働くダイナミックな力を強化するのに役立つ。
これらは、物語を前進させるために必要な劇的な要素を高め、明確にするために必要な作業だ。
受講生は〝振り出し〞に戻り、私が提案した演習を行い、別の観点から物事を見始めた。彼女は単に、これらのページについての不快な感情を感じ取ったことで、脚本の可能性を広げたのだ。
歴史と文学のサイクルを通して、書くこととは何か、書くことがどのように機能するかについて、その芸術と技術を明確にする試みは常にあった。私にとって書くこととは、質問をして答えを待つこと、それだけだ。答えは常にそこにあり、ほとんどの場合、まったく予想外の形で突然現れる。書いていると必ずそうやって驚かされる。
このように書く演習を行うことで、私の受講生はシーンに深く入ることができた。彼女は違った見方をするようになった。例えば、彼女が最初にそのシーンを書いたとき、彼女のキャラクター間の相互作用は漠然としていて、曖昧でぼんやりしていたが、主人公の劇的な欲求を再度明確にすることによって、それらをクリアすることができた。
「その出来事を決定づけるのに関係していない登場人物はいったいいただろうか?」アメリカの偉大な小説家ヘンリージェームズは書いている。「そして、登場人物が投影されていない出来事があっただろうか?」
(ぜひ本編も併せてお楽しみ下さい)
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