第20話 『たったひとつだけの灯⁉』

 どうにか振り切ったことが分かると、

 スペスは近くの木にもたれかかり、アルマは崩れるようにその場に座り込んだ。


 ふたりとも呼吸をするのが精一杯で、しばらくは喋ることもできなかった。

 抑えきれない荒々しい息づかいが、暗くなった森に吸い込まれていく。



 どうにか呼吸が整い始めると、残り少なくなった水を飲んでスペスが口を開いた。

「あいつら、かなり……、しつこかったよねっ、ボクたちが、なにをしたってっ、いうんだよ!」

「ほんとにっ、怖かった……わたしねっ……、助かったって、思ったらっ、腰が抜けちゃってっ……」

「でも、このままっ、のんびりは、していられない……よっ。暗くなってきたしっ、またあんなのにっ、出会ったらっ、たまらないっ」

「そうねっ、はやく、行きましょ!」


 アルマが膝に手を当てて立ち上がり、スペスも寄りかかっていた木を押すようにして離れた。


 ふたりとも、もう走るどころか、歩くだけでやっとだったが、

 それでも、ここに長くとどまる気はしなかった。



 ふたりは、すっかり暗くなってしまった夜の森を、慎重に進む。

 だが、道がないうえに、なにか物音がすると立ち止まっていたので、なかなか前に進めなかった。明かりをつければもう少し速度を上げることもできたが、夜の森では目立ちすぎるのでやめた。

 さいわい空は晴れていて、すでに青い月が出ていたので、どうにか足元を見ることはできた。


 警戒をつづける緊張と、ここまで走ってきた疲労が全身をつつみ、加えて空腹まで感じ始めたふたりの足どりは重かった。途中で、アルマが見つけた木の実を口にしたが、量が足りなかったので腹を満たすことはできなかった。水筒の中身もすでに尽きかけていた。



「さっきから歩いているここらへんって、たしか街までの道があるあたりだよね?」

 うっそうとした深い森を歩きながら、スペスが訊いた。

「そうね……」

 と答えるアルマの声は小さかった。


 街へつながる道がないということは、必然――アルマの村もない可能性が出てくる。それならば、やはりここはアルマの知るリメイラではなかったというわけで――


 突きつけられる現実が、疲れた身体に追い打ちをかけた。

――村が……ない。いつもこの場所から見えていたのに……。

 そう思うだけで、アルマは涙が滲んできた


 もしもこのまま村の場所に行って、たとえ水を手に入れたとしても、それでどうするのだろうか。さっきみたいなおかしな小人がいるこの場所で、このままずっと生きていくのか……。


 暗い気持ちがよみがえりそうになったとき、急にスペスが足をとめた。

「見て、アルマ! 灯りが見えるよ!」


「うそ……誰かいるの?」


 スペスの指した先――村があるはずの場所に、灯りが一つだけポツンとついていた。

「きっと、そうだよ!」とスペスが嬉しそうにうなずいた。

「ああいう灯りをつけるなら、きっと動物じゃない!」

「でも、もしかしたら……、さっきの緑のやつかも……」


 あの灯りの場所――村の場所に、もしもまた緑の小人がいたら……。

 そう考えるとアルマは頭がおかしくなりそうだった。


「そればっかりはわからないけどさ、でも、ここは行ってみるしかないよね――十分に警戒して、だけれど」

「そうよね……ここで立ち止まってたら何も分からないものね。行くしか――ないのよね」


 そう決断してみても、いまさっき味わった恐怖は、消えてくれなかった。

 震えつづける手をギュッと握って、〝勇気が欲しい〟とアルマは思った。


「あ、あのさ……、スペス」

「うん……? どうかした?」

 歩き出そうとしたスペスがふり返る。


「手――にぎってくれない?」


 一瞬きょとんとしたスペスは、すぐにアルマの手を取った。

「もちろんだよ!」


 温かいその手を握りかえして、アルマはそっと目を閉じる。

――どうか……勇気をください。

 ゆっくりと息を吐き、ゆっくりと目を開ける。


「……ありがと」

 そう言ったアルマの目は、しっかりと灯りを見つめていた。

「さあ、行きましょ!」


 しっかりと手を握りあい、ふたりは再び夜を歩きだした。

 不安と希望が入り混じる、たったひとつだけのあかりをめざして――


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灯りの場所は、村の場所。そこになにがあるのか!


それでは次回、

第21話 『訊くのは、あなただけ⁉』

で、お会いしましょう!

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