第19話 『走って、走って、また走れ⁉』

 小人たちは、突然現れたふたりに一瞬固まったが、すぐに奇声をあげて追いかけてきた。


 もしかしたら見逃してくれるかもしれない、というアルマの淡い期待は瞬時に消える。


 アレに追いつかれたらどうなるのか、アルマにはそれを考えるのも恐ろしかった。

 全身が恐怖でこわばって、足に力が入らなかった。


 それでも、しゃがみ込みたくなるのを必死にこらえて夢中で走る。

 つんのめるように遺跡を抜けてふり返ると、スペスの後ろに迫る小人達は、思ったよりも距離をつめていた。


――このままじゃ、すぐに追いつかれちゃう!

 アルマがそう思った瞬間、

 先頭の小人がなにかに足をとられ、ぐるりと地面を転がった。


 あとから来た小人達が警戒して足を止める。


――さっき、スペスが作っていた輪っか⁉

 気付いたアルマは、スペスに感心すると同時に、

 小人との距離が開いて、心に余裕ができた。

――今のうちに!

 と速度をあげると、うしろから声が飛んだ。


「アルマっ! ペースに気をつけてっ、追いつかれたらっ、コイツで追い払うからさっ!」

 スペスが、走りながら腰のムチを見せる。


――そうだった……。無理をしてバテたら――お終いなんだ。

 理解したアルマは、すこしだけ走る速度を落とす。


――きっと帰るんだから! わたしの村に! なにがあっても!

 そう考えると、少しだけ力がわいた。


 ふたりは前後に並び、暮れかけた丘を一目散に下っていく。


 丘をくだり始めると森に入り、木が増えた。

 先を行くアルマは、苦心しながら進路を選び、ひたすらに走る。


 山育ちのアルマでも、道のない森をこんな急いで下りたことはなかった。

 だが、何度草木が顔をひっかいても、決してスピードは落とさなかった。


 枝をくぐり。

 岩をかわし。

 木をつかんで強引に曲がる。


 沢を飛び越え。

 藪をつきぬけ。

 転がり落ちるように斜面を駆け下った


 こんな速度で走っていると、いちいち頭で考えては追いつかない。

 考えて進路を選ぶというよりも、変化する状況に、反射的に動いていた。


 そんなアルマの走りにも、スペスはしっかりついてきていた。

 扱いの難しいムチを数日で使いこなした事といい、体を使うセンスがあるのかもしれない……。

 そんなことを考えて後ろを気にしたアルマは、気づかずに踏んだ落ち葉のかたまりで滑り――

「……あっ!」と尻もちをつく。


――いま止まったらダメ!

 そう思って、座りこんだ姿勢でスカートを抱えると、そのままお尻で一気に斜面を滑りおりた。途中で、出っぱった木の根を蹴り、『やっ!』っと立ちあがったアルマは、またがむしゃらになって走る。



 どのくらい走っただろうか――

 ふたりはいつしか、丘のふもとの傾斜が緩くなるあたりまで下りていた。

「――止まって! アルマっ!」

 スペスの声で、木の陰に隠れるように止まったアルマは、ゼイゼイと荒く息をつく。

 追手の近づく音が、上からガサガサと聞こえるなか、スペスが静かにムチを構えた。


 藪の中から飛び出した小人へ向けて、ヒュッという音をあげながら、スペスのムチが飛びかかる。

 勢いよく斜面をくだってきた小人は、まともにかわすこともできず、顔のあたりにムチを受けて『ギャッ!』と転がった。


 見ていたアルマは、バチンっと鳴るその音に、思わず目をつぶってしまう。



 ずっと逃げ続けていると、追手が自然に足の早いものと、遅いものに分かれた。

 ふたりは所々で立ち止まり、こうしていちばん先に来たものだけを倒すと、また走った。

 すでに、このやり方で二体を返り討ちにしている。


 地面に転がってもがく小人に、さらにスペスのムチが飛んだ。

 当たった所の皮膚が裂け、〝血〟ではない青い体液が流れ出す。


 連続でムチを受けた小人は悲鳴らしきものをあげ、気が動転したのか、後ろも見ずに逃げていった。

 そして、もう――それ以上、追いかけてくる音はしなかった。


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なんとか逃げ切れたものの、途方に暮れるふたりは村を目指す。


次回、

第20話 『たったひとつだけの灯⁉』

で、お会いしましょう!

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