第39話 レイジVSディーボ③

 ディーボに対する、ダウンカウントが続いている。


『5……6……7……』


 ディーボはゆっくりと立ち上がろうとする。薄気味悪く笑っていた。


「よっと」


 カウント8で、彼は立ち上がってしまった。試合続行だ。


「ディーボ、君のユニークスキル……『痛みの反響魔導力』は、いつ出てくるんだ?」


 僕は思わず、ディーボに聞いた。

 ディーボは驚いた表情を見せたが、またニヤリと笑った。


「よく知ってるね……スキル鑑定士に調べてもらったのかい」


 僕は答えなかった。ディーボの全身に目を凝らすと、彼の体から、緑色の「気」が立ち上がっていた。これが、『痛みの反響魔導力』か!


 さっき僕はディーボに、アッパーを喰らわせた。つまり……彼の受けたダメージが、僕に……二倍になって返ってくるのか?


「ここからの僕は危険だ」


 ディーボはそう言い、緑色の残像を残しながら、パンチを放った。


 ブンッ


 僕はかわしたが、風圧がすごい。グローバス・ダイラントよりも威力のあるパンチかも?


 今度はディーボの下段蹴りだ! セオリー通り、スネで受ける。


 ぐぐっ……。


 なんて威力だ? 痛い! スネがへし折れるかと思った。が、こんなところでひるんでいるわけにはいかない。


 ディーボはジャブ──を放ったと思ったら、軌道が変化した。右肘っ!

 かわした──いや、今度はアッパーが下から飛んでくる! 僕は両手をクロスさせて、アゴを防ぐ。


 しかし、ディーボの攻撃は終わらなかった。


 次の瞬間、僕のガードの上から、右中段蹴り! 蹴り技が得意な選手がよくやる、腕の破壊を目的とした攻撃だ!

 続いて、左ボディー、右脇腹へのパンチ、続けて──ディーボ、得意の直突ちょくづき!


 ガスッ


(あ、危ない、危ない……)


 僕は直突ちょくづきを、手で防いでいた。それにしても、見事な攻撃だ……!


 観客も、ディーボの連続攻撃に、ため息をついている。


「や、やばいぜ、ディーボ……」

「止まらねーじゃん」

「レイジ、押されてるんじゃねーか?」


 うおっ! ディーボが体を回転させた。裏拳!

 僕は両手で防御していた。しかしすごい威力だ。手がしびれた。


「油断したね」


 ディーボは素早く左フックを放っていた。僕は再びとっさに両腕で防御した。しかし、あまりの威力に吹き飛んでしまい、リング上に尻もちをついた。


 観客が騒然となる。


「レイジがダウンか?」

「倒れたぞ!」


 いや……ダメージはない!

 ディーボも首を横に振った。


「レイジ君、君はダウンしていないだろう? スリップダウンだ。さあ、闘おう」

「ああ」


 僕はすぐに立ち上がった。

 僕には秘策があった。ディーボには気付かれていない。ケビンとベクターと一緒に練習した技がある!


 僕は少しディーボに近づいた。すると案の定、彼は、僕に素早く組み付いてきた。


「いい加減、投げられろ!」


 ディーボは苛立っている。またもや変形山嵐へんけいやまあらしを狙っているようだ。

 しかし──残念だったな!


 僕は彼の腕を取り、くるりと前を向いた。そして彼のスネを、足で払った。


「あっ」


 ディーボは声を上げた。


 僕は彼を投げた。変形山嵐へんけいやまあらしで──。

 ディーボを投げた!


 ドターン


 ディーボは首から落ち、「うぐ」という声を上げた。彼はリング上にうずくまっている。


『ダウン! 1……2……3……』


 カウントが始まった。倒れたディーボは、僕をにらみつけていた。


「お前……、よくもやってくれたな。僕の得意な技で僕を投げるとは」


 僕は黙っている。ダウンカウントは続いている。


『5……6……7……』


「審判っ! 黙れっ!」


 ディーボは怒鳴りつつ、膝に手をかけて、ヨロヨロと立ち上がった。おや? 彼の体を包む「気」が弱まった? もう闘う気がないのか?


屈辱くつじょく……! 屈辱くつじょくだぞ……レイジ」

「いけない!」


 声を上げて、リング下に駆け寄ってきたのは、ララベルだった。


「何か、恐ろしいものが来る!」


 ん? 観客がざわめいている。皆、空を見上げている。何だ……? 空に変なものが浮かんでいる。「影」のような……黒いものだ。


 おや?


 その空の「影」から、何かが落ちてくる。いや、その「影」が意図的に何かを落とした、といった方が適切か? よく分からない。

 真っ逆さまにディーボの頭上に、「何か」が落ちて来る。

 な、何か長細いもの? いや、板状のものか? 違うな……。でも、たいして大きなものではなさそうだ。


 ディーボはリング上にそれが落ちる瞬間、手でパッとつかみ取った。お、お見事、と言いたいが、そんな場合じゃない。

 あれは……!


 長さ三十センチ、横十センチの……さや? あの刀やナイフを包む、さやという代物だ。茶色いから、動物か何かの皮でできているのだろう。

 でも、それが何を意味している? ディーボは、何をしでかそうとしているんだ?


「ディーボの隠されたユニークスキルが分かったよ!」


 ララベルが水晶球を片手に持って叫んだ。


「【ユニークスキル】魔王との契約! 空に浮かんでいるのは、『魔王の分霊ぶんれい』だよ!」

 

 ララベルの言っている意味が分からない。ディーボはその空から落ちてきた皮のさやを両手で持ち、何かを念じている。


 え?


 ディーボは皮のさやから、何かを引き抜いた。


 ギラリ


 中から不気味に光る、プラチナ色の大きめのナイフが出てきた。ナイフなのに、異様な迫力がある。長さが三十センチもあるからだろうか。


「お、おい。意味がわからないぞ。試合中に……」


 僕が声を上げると、ディーボは首を横に振りながら言った。


「レイジ君、感謝する。良い試合だった。だが悪いけど、ここからは良い試合になりそうにないよ」

「な、何を言っているんだ?」

「リング上が血まみれになる。この『魔閃ません短刀たんとう』で、君を斬りつけるからね──」


 その瞬間、空から凄まじい勢いで、空に浮かんでいた「影」が降りてきた。そのまま、ディーボの体に、ヒュッと入ってしまったのだ。


 ディーボがまとった「気」は、緑色から闇色やみいろに変化した。

 そして──もっと驚くべきことが起きていた。ディーボの口には牙が生えていた。まるで獰猛どうもうな獣のようだ。

 ディーボが魔物になってしまった?


「し、試合を中止させなさい!」


 ルイーズ学院長が、審判団席に座っている審判団に訴えた。


「ディーボは刃物を持っているわ! 反則よ!」


 ケビンが僕を助けに入ろうと、リングに上がろうとした。ちょうどその時、ディーボは再び何やらブツブツと念じだした。その途端、リングの周囲には、見えないガラスのような壁が張り巡らされたのだ。

 ケビンはその壁の「妖気ようき」に押し返されて、リング下に吹っ飛んだ。

 その壁は透明だが、気味の悪い闇色やみいろがかっている。

 誰も僕とディーボの立っているリング上には、入ることができない。


「おい、ディーボ……」


 僕はディーボに声をかけたが、ディーボは薄ら笑いを続けるだけだ。

 

「気をつけて!」


 ララベルは叫んだ。


「ディーボはもう人間ではない! 『魔王と契約』した、魔物になってしまっている!」


 ディーボ、一体、君は……?


「説明してやろう」


 ディーボは静かに僕に言った。


「空に浮かんでいたのは、魔王の分霊ぶんれい。『東の果ての国』の『不死鳥山ふしちょうさん』に封印された、魔王の魂のかたわれさ」

「ディーボ、君は正気なのか?」


 ディーボは僕の問いに答えない。


「魔王の分霊ぶんれいを、僕のユニークスキル『魔王との契約』の力で、東の果ての国より、呼び寄せたのさ」


 ディーボの持っているナイフが、ギラリと光る。


「この短刀たんとうは、『魔閃ません短刀たんとう』。神話の時代、魔王が勇者と闘った時に使用したとされるものだ。魔王の分霊ぶんれいに持ってきてもらった」

「き、君は、魔物になってしまったのか?」

「魔物? いや、分からない。魔王の分霊ぶんれいが、僕の体にりついただけさ……」

「──君は、僕と、そのナイフで闘うのか?」


 僕は聞いた。答えは分かっている。


「その通り。これから、僕と君の『死合しあい』が始まる」

 

 ディーボはつぶやいた。


「どちらかが死ぬまで、終わらない」


 僕は驚いていた。まさか素手と武器の闘いになるとは……。


 それにしても──「死合しあい」だって? 「死ぬまで終わらない」だって? 冗談じゃない!

 

 僕は魔導体術家として、ディーボをきっちり「試合」の中でKOする!

 

 僕は覚悟を決めた!

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