第40話 決着

 僕は不気味なナイフ──『魔閃ません短刀たんとう』──を持った、ディーボを目の前にしている。ディーボは闇色やみいろの「気」に包み込まれていた。


 試合用リングの周囲は、魔力の透明の壁に仕切られ、誰も入ることができない。僕とディーボの本当の試合が、これから始まる。


 ディーボはナイフを逆手さかてに持った。


「レイジ、落ち着きなさい!」


 リング下のルイーズ学院長が声をかけてきた。声は透明な壁を通り抜けて聞こえた。


逆手さかてに持ったナイフは、『接近戦』を想定しているわ。相手を近づかせないで!」

「フフッ」


 ディーボは笑った。


「さすが、ルイーズ学院長。武器術についての知識もけているね」


 ディーボは素早く近づいてきた。銀色の三十センチの長さのナイフ──魔閃ません短刀たんとうを、右フックのように振ってきた。


 ナ、ナイフはこうやって使うのか! 


 ディーボは素手の時、あまり体を動かさない構えを取っていた。しかし、今はナイフを持った手、そして腕を蛇のようにうねらせている。

 不気味な動きだ……! なるほど、ナイフがどこから来るのか、分からない。 

 だが、なんとなく、脇腹にすきがあるように見える!

 そこが狙い目か?


(もらった!)


 僕は素早くディーボの脇腹に、パンチを放った。


 しかし、ディーボは素早く斬ってきた。僕はすぐに手を引っ込める。


(くっ……!)


 ちょっと指に当たりそうになった。危ない、危ない……。


「ダメよ!」


 ルイーズ学院長は叫んだ。


「ディーボは、わざと脇腹を空けている! 攻撃をさそっているのよ」


(そういうことか……! うかつに攻撃はできない)


 ディーボはニヤリと笑って、右、左、右とフック気味に斬ってくる。

 

 最後に大振りの左斬り。僕は大きく横にジャンプしてさけた。


 でも、不思議なことに、ディーボのナイフの挙動が見える。

 これなら、攻略は可能かもしれない。


 その時──。


「レイジ、勝ってくれ!」

「頼む!」

「ディーボみたいな野郎に、倒されないでくれ!」


 観客席から、歓声が聞こえる。祈るような声だ。それを聞いた時、不思議なことに、僕の体に力が湧いてくるようだった。

 

 彼は下からナイフを斬り上げてきた。使い慣れている!


 バサッ


 僕の魔導体術着まどうたいじゅつぎを切っただけだ。


「な、なんだと。よけるとは」


 ディーボは驚いた表情を見せている。


「だが、これならば、どうだ?」


 すると、ディーボはナイフを順手に持ち替えた。


 シャッ


 ナイフで突いてくる。ディーボ、恐ろしいヤツだ。躊躇ちゅうちょしない。しかし、僕はナイフの挙動が見えているので、すべてかわしていた。


「バカめ!」


 ディーボは何と、ナイフを僕のももに向けて払ってきた! あ、足への攻撃! こんなの、経験したことがないぞ!

 

 ──でも──よけることができた!


 何となく、素手の攻撃より、速度が遅い気がする……?


「レイジ……何だ? 何なんだ、お前は。なぜ短刀たんとうをかわせる?」


 ディーボはイラついている。


「レイジ、頑張れ!」

「もう少しだ!」

「ディーボを絶対に倒してくれ!」


 また祈るような声が聞こえた。また観客席からだ。

 そのたびに、僕は自信が湧いてくる。

 

「はああっ」


 彼は思いっきり上からナイフを振りかざす。


 ここだ!


 僕は、彼が振り上げた腕の手首を、素早く掴んだ。


「うう!」


 ディーボは目を丸くして、僕を見た。


「な、なぜだ」

魔導体術家まどうたいじゅつかが、武器に頼るからだ」


 僕はそう言って、彼に前蹴りをくらわせた。彼はリング上に倒れ込んだ。

 ナイフは彼の手から離れ、吹っ飛んだ。

 ナイフは──リングの向こうの方に、転がっている。


「ディーボ、もう君の反則負けは決まっている。試合に武器を持ち込んだのだから」

「黙れ!」


 彼はすぐに立ち上がったが、僕は彼の横に回り込み、彼のこめかみに右ストレートを叩き込んでやった。


 ディーボはまたダウン。


「う、うぐ」


 彼はヨロヨロと立ち上がりながら、つぶやくように言った。


「僕は……闇の魔導士をやとい、血液の入れ替えをして、人工的にスキルを埋め込む手術をした」

「そ、そんなことができるのか?」

「僕はサーガ族でも何でもない。単に、強くなりたかっただけの、見せかけの人間だ」


 彼は続けた。


「だが……今日は本当の力で、本当の実力で、レイジ君、君を倒してみせる!」


 僕は静寂せいじゃくの中にいた。

 観客の声は聞こえない。

 だけど、皆の祈りが、僕の心に──魂に飛び込んでくるのが分かった。


『レイジ、勝ってくれ!』


 そんなような祈りの言葉だ。

 僕はもう、ディーボに対して、まったく恐怖を感じない。


 彼は走り込んできた。右、左のパンチ、そして、縦拳たてけんから繰り出される──右直突みぎちょくづき! 僕はそれを読み、彼の腹に前蹴りを叩き込んでいた。


「う、ぐぉ」


 ディーボは声を上げながら、後方によろめいた。しかし、ディーボはそれをこらえつつ、また前進──、パンチを打とうとしてくる!


(ここだっ)


 彼が飛び出してくる刹那せつな、僕は走り込み、飛び上がった!


 バキィ


 鈍い音がした。


 僕は──ディーボのアゴに、右飛び膝蹴りを叩き込んでいた。

 

 完全に、彼のアゴの急所に、僕の右膝が入った。しかもカウンターだった。彼が踏み込んできたからだ。


「そ、んな」


 ディーボはグラリとよろけた。しかし、何と、彼はふんばる。


 彼は薄く笑いながら、右ノーモーション・パンチを繰り出した。しかし、僕はそれを左手の平で受けていた。

 ディーボは驚いた表情を見せる。


「これも、読んでいたというのか」


 ディーボは僕の手を振り払い、一歩踏み込んだ。

 ディーボの左ストレート! しかし!


 僕はよく見て、それをかわした。まるで、時間がゆっくり流れているように思える。

 瞬間、僕は一歩踏み込み、全重心をつま先に乗せ……。


 ガシイイッ


 僕は、渾身こんしんの右ストレートを繰り出していた。

 ディーボは僕のパンチをほおに受けていた。手ごたえがあった。


「さす、がだ」


 ディーボはゆらりと崩れ落ちる。──両膝をつき、ゆっくりリング上に倒れ込んだ。


 静まり返る場内。

 

 その途端、リングの周囲の見えない壁が、消え去ったようだ。

 

 ディーボはうつぶせに倒れている。失神しているのだろう。


「おいっ! ディーボは失神しているぞ」


 ケビンが審判団の席の方を振り返り、声を上げた。


「レイジの勝ちだろ! はやく放送しろ!」


 審判長が素早くマイクを持った。


『しょ……勝者!』


 観客がざわめく。


『勝者! レイジ・ターゼット!』


 ドオオオオッ、と観客の声が大きくなった。

 僕はようやく、ハッとした。

 静寂せいじゃくの世界から抜け出した。


 審判長は付け加えた。


『ディーボ・アルフェウスは刃物を持っていたので、その時点で反則負けが決定しておりました。しかし、この試合はレイジ・ターゼット選手のKO勝ちとします!』


 審判長は改めて言った。


『十二分五十秒、KO勝ち! 学生トーナメント優勝者は、レイジ・ターゼット!』


 ドオオオオオオオッ


 再び、観客がドッとわいた。


「や、やったあああー」


 リング上にアリサが上がってきて、抱きついてきた。


 ああっ!


 何と、ディーボは失神から立ち直ったようだ。ゆっくり体を起こし、魔閃ません短刀たんとうに手を伸ばそうとしている。

 しかし、そのナイフを素早く拾い上げたのは──。リング上に上がってきた、ソフィア・ミフィーネだった。


「ディーボ、負けを認めてください」


 ナイフはソフィアの手により、素早く審判団に手渡された。


 ディーボはあきらめたように、リング上に座り込んでいる。

 やがて、治癒魔導士によって、タンカが運ばれてきた。ディーボは何も言わず、タンカに乗り込むと、リング外に運ばれていった。

 ソフィアは僕に一礼をした。


「レイジさん、優勝おめでとう。そして、素晴らしい試合をありがとう」


 ソフィアは泣いているようだった。彼女はリングを降りた。ディーボにはついていかず、リング最前列の選手特別席に戻った。


『優勝セレモニーです!』


 魔導拡声器まどうかくせいきで放送がかかった。


『レイジ・ターゼット選手へ、優勝記念品を授与!』


 しかし僕ら、エースリート学院の生徒には大きな問題が立ちはだかっていた。それを象徴する人物、バルフェス学院の学院長、デニル学院長がリング上に上がってきた。

 彼は優勝トロフィーを持っていた。僕が優勝した記念品だ。

 よ、よりによって、バルフェス学院の学院長に、優勝トロフィーを手渡されるとは……。

 デニル学院長は、自らの手で、ディーボに手渡すつもりだったのだろう。


「レイジ君、優勝おめでとう」


 デニル学院長は、苦虫を噛みつぶしたような顔で、僕をにらみつけながら言った。


「しかし、残念ながら君たちの学院は、今月で無くなる。エースリート学院は、我がバルフェス学院に、吸収合併されるのだからね」


 しかしその時、声が聞こえた。ルイーズ学院長の声だ。


「こちらです。どうぞ」


 ルイーズ学院長と一緒にリング下に歩み寄ったのは、あの人物だった──。

 

 その人物が、僕らエースリート学院を救ってくれることになる!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る