第37話 レイジVSディーボ①

「レイジ君が通る花道の両側を、バルフェス学院がすべて買い取ったのは、当然企みがあってのことだよ」


 スキル鑑定士の少女、ララベルは言った。


「入場してきた君に、物を投げつける、罵声ばせいを浴びせる……」

「え?」


 僕は声を上げた。


「僕に、物を投げつけるっていうんですか? まさかそんな──」

「いや、花道の席を買い取って、相手選手に物を投げたり、罵声ばせいを浴びせたりする卑怯ひきょうな選手を、あたしは何人か見たことがある。あたしはこれでも魔導体術まどうたいじゅつマニアでね。そういったひどいシーンを、実際に見たよ。ディーボも同じことをしてくると予想する」

「まさかそんな……」

「あたしのかんは当たるね。あたしは占い師でもある。ディーボはそうって、試合前からレイジ君の心を折ろうとしてくるはずだよ!」

「そ、そんな!」


 バルフェス学院の生徒たちが、僕に物を投げたり、罵声ばせいを浴びせてくる? そ、そんなひどいことをしてくるのか? 信じたくはないが、本当にそうなったら?


「じゃあ、もし、そんなことになったら、僕はどうすれば良いんですか?」

「簡単なこと。君がするべきことは──」


 ララベルは僕に耳打ちした。


「ええーっ?」


 僕は声を上げた。


「そうすれば、相手の嫌がらせを、逆に利用できるよ!」


 ララベルは胸を張った。ベクターとケビンは眉をひそめている。ルイーズ学院長とアリサは心配そうな表情だ。




 そしてついに、試合開始時間になった。


 僕はアリサと一緒に、スタジアムに入場──花道に入った。


 ドオオオッ


 すさまじい歓声が起こる。グラントールスタジアムは超満員だから当然だ。今日は世界各国の要人も見に来ている。もちろん、エースリート学院の生徒も、観に来てくれている。

 しかし、僕が通る予定である花道の両側の席は、バルフェス学院の生徒で埋まっているのだ。制服でバルフェス学院の生徒だと分かる。

 すると──。


「弱ぇぞ、レイジ!」

「てめぇなんか、負けちまえ!」

「泣いて帰ることになるぞ!」

「さっさとディーボにKOされちまえ!」


 う、うわぁ、すさまじい罵声ばせいだ! ほ、本当にララベルの言う通りだった。


(うわっ!)


 何かが頭に当たった。ま、丸めた菓子パンだ! 一個どころか、三、四……六個も僕の頭にあたった。これ、王立競技場の売店でたくさん売っている菓子パンじゃないか。

 アリサは僕の盾になってくれたが、後ろから菓子パンの狙い撃ちだ。投げつけてくるものって、菓子パンだったのか!


 お、おっと、いかん! 僕はララベルに耳打ちされたアドバイス通りにした。


 ニヤッ


 僕は笑った。そして叫んだ。


「そ、そんな小細工は、僕には効かないぞ!」


 僕は菓子パンについていた砂糖を頭につけながら、胸を張って歩いた。

 また、菓子パンが投げられてくる。


 くそ! しつこいヤツらだ!

 

 ──しかし、その時、僕の体が──光った?

 すると、投げつけられた菓子パンが、僕の手前で強風にあおられたように、空に舞い上がって、どこかに消えてしまった……。


「な、なんだ? ちきしょう!」


 バルフェス学院の生徒たちは、急いで無数の菓子パンを投げつけてくる。しかし、その菓子パンは、僕の体に触れる前に、強風にあおられたように、空に舞い上がってしまった。


「う、うわあああ……! 魔法だ」

「か、神の仕業だ!」

「あ、あのレイジって野郎、神様に守られてるぞ!」


 パン投げ係のバルフェス学院の生徒たちは、震えあがっている。


(あっ!)


 僕はピンときた。


【ユニークスキル】神の加護 神の加護により、人の悪意をはね返す


 こ、これが、【ユニークスキル】神の加護 の効果か!

 パンをはね返したのが、このユニークスキルの効果であることは、間違いなかった。

 す、すごい!


「この野郎!」


 一番前に座っていた、バルフェス学院の生徒が、また何かを投げてきた! 

 う、うわっ! 


 小石だ!


 危ない!


 すると──また僕の体は光り、小石がパーンと風船みたいにはじけ飛んだ!


「ひいいいいっ! 石が消え去っちまった!」

「か、神だ……!」

「い、いや、悪魔じゃねえのか?」


 花道横の席を陣取っている、バルフェスの生徒たちが、震えあがっている。

 

 僕はワハハ! となかば強引に笑いながら、試合用リング前に辿り着いた。

 石を投げるなんて、信じられないヤツらだ!


 でも、【ユニークスキル】神の加護 のおかげで、助かった!


 リング上に上がると、すでにディーボ・アルフェウスが待っていた。


 罵声ばせいと菓子パン+小石地獄は抜けたか。


 僕はリングに上がると、アリサに頭の砂糖を払ってもらった。ユニークスキルが発動する前、少し菓子パンが当たったからだ。

 ディーボは、そんな僕をじっと見ている。


「ディーボ、手下に菓子パンを投げつけさせるとは、面白いアイデアだ。しかも小石まで用意しているとはな」


 僕はディーボに言った。


「試合前から、僕の心を折ろうとして、君が指示したんだろう?」

「……何のことかな? 証拠があるのかい?」


 ディーボはいつも通り、ひょうひょうと言った。


「──ま、まあ、笑ってリング上に上がって来るとは思わなかったがね……。しかも、君は何か魔法のような力を使ったようだが……。あ、あれは何なんだ?」


 ん? ディーボの表情は、少し引きつっていたようだった。やっぱり、彼が生徒に指示していたのか?


 いや、今は試合直前だ。集中しよう。


「レイジ!」

 

 アリサがリングサイドに上がって、僕の体術グローブをぽんぽん、と叩いた。いつものおまじないだ。


「結果は考えずに、ただ心のままに動けばいいと思う。大丈夫、大丈夫」

「お、おう」


 アリサのアドバイスを聞いた僕は、返事をした。ようし、大丈夫、大丈夫──その通りだ。

 僕は振り向いた。ディーボはもうすでに構えている。


 試合開始のゴングが鳴った。


 決勝開始!


 ディーボの表情が一変した。


 ──笑っているのだが、まるで悪魔のようなこおり付いた笑顔だった。

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