第29話 ディーボの控え室 & ディーボVSボーラス

 ディーボ・アルフェウスの控え室に、バルフェス学院の生徒たちがあわてたように入ってきた。

 入ってきた生徒たちの中には、バルフェス学院の三年生、ダニー・ラスとマイク・イーサン、そしてソフィア・ミフィーネがいる。

 ディーボは床にマットを敷き、瞑想めいそうをしていた。


「ディーボさん!」

 

 ダニーが声を上げた。

 ディーボはカッと目を開いた。


「何だ! 瞑想めいそう中だぞ!」

「も、申し訳ありません!」

「用件は?」

「グローバスさんが、敗北しました!」

「何?」

 

 ディーボは立ち上がった。


「それは本当なのか?」


 ディーボはいつになく声を震わせた。


「ほ、本当です。レイジに敗れました」

「くっ」


 ディーボは壁をなぐりつけた。


(僕は、宮廷護衛隊長になるはずの人間だ。それくらいの人間なのだ!)


 宮廷護衛隊長になるには条件があった。グラントール王の提出した二つの条件だ。「自分(ディーボ)がこの学生トーナメントを優勝する」「他のバルフェス学院の生徒も、三位以内に入賞させる」──。


 しかし!


 バルフェス学院二位のグローバスが負けたことで、「他のバルフェス学院の生徒も、三位以内に入賞」の条件のクリアが、ほぼ無くなったと言えるのだ。


「何を見ている! 出ていけっ!」


 ダニーやマイクはあわてて出て行った。しかし、ソフィア・ミフィーネだけが控え室に残っていた。


「ディーボ」


 ソフィアが腕組みをしながら言った。


「あなたの側近そっきんともいえる、グローバスは負けました。完敗ですよ。あなたの指導方法は間違っていたんじゃないですか?」

「……黙れっ! 僕は、グローバスには大した指導はしていない。あいつはもともと強かったからな」

「そうですよね。あなたが指導したのは……あなたに従ってくれる生徒だけ……」

「黙れ!」

「すでに私の相手、ローガー・ザイクルさんは怪我で棄権きけんしています。私の今日の試合は、ありません。あなたがボーラスさんに勝つと、あなたの準決勝は、私──ソフィア・ミフィーネとの勝負、となります」


 ディーボはため息をついた。

 ん? そうか。「他のバルフェス学院の生徒も、三位以内に入賞させる」という条件は、まだ可能性が残っていた。

 我がバルフェスの──目の前の、ソフィア・ミフィーネがいるではないか。


(準決勝は僕とソフィアの試合になるだろう。僕はボーラスに勝つだろうからな)


 その準決勝は、ソフィアに棄権きけんを持ち掛け、ソフィアを三位決定戦に回させる。ソフィアがその三位決定戦に勝てばいい……。


 ──そう考えたが、ディーボはソフィアを見やった。

 いやいや、この方法はダメだ!


 この女は棄権きけんに応じないだろう。この生真面目きまじめな女は、八百長やおちょうなんてもってのほか、と考える性格だ。

 そしてこれが最も重要な問題だが、この女に八百長やおちょうをもちかけ、その噂を広められてもまずい。


 くそ! ならばやはり、この女と闘うことになる。


 ソフィアは口を開いた。


「ディーボ、今日のあなたの相手は、体重差のあるボーラスさんです。どうやって勝つというのですか? 彼はグローバスの弟ですよ」

「グローバスの弟? ふん、関係ない。叩き潰すだけだ」


(そう、今日は正攻法せいこうほうでいかせてもらう。僕の真の力を、見せつけてやる!)


 ディーボはまたマットの上にあぐらをかいた。ソフィアはじっとディーボを見ている。ディーボはまた、瞑想めいそうの中に入っていった。


 ◇ ◇ ◇


 トーナメントの第二回戦は、どんどんと進んでいく。


(まあ、何とかグローバスに勝ったな……)


 まず、Aブロック。僕──レイジ・ターゼットがグローバス・ダイラントを倒して勝ち上がった。フェンリル学院一位のマステア・オリーダも勝ち上がった。

 Bブロックは、ソフィア・ミフィーネとゾーグール学院の街コボルト族、ローガー・ザイクルの試合が予定されていた。しかし、ローガーが棄権きけんしたらしい。ソフィアが勝ち上がった。


 そして、今日の最後の試合──。ディーボ・アルフェウスとボーラス・ダイラントの試合がこれから始まる。


 僕は、試合会場の特別席で、ディーボとボーラスの試合を観戦することにした。お客にとっても、僕にとっても注目の一戦だ。

 ディーボがボーラスの巨体をどう仕留しとめるのか? それとも、ボーラスが強力なパンチで、小柄なディーボを粉砕するのか。


 ケビンはベクターの車椅子を押して、ベクターを病院に連れていってしまった。アリサは女子下級生への「型」指導のため、学校に戻ってしまった。

 

 僕の左隣にはルイーズ学院長が座っている。すると、僕の右隣に誰かが座った。体がでかい! 魔導体術家まどうたいじゅつかか?


(う、うわ!)


 僕は声を上げそうになった。

 何と、ボーラスとグローバスの父、デルゲス・ダイラントが座ったのだ! 髪型はオールバック、おしゃれな口ひげを生やしている。


「久しぶりだな、レイジ・ターゼット。俺もこの試合を観戦することにした」


 デルゲスは言った。僕は逃げ出したくなったが、逃げられる雰囲気ではなかった。


「どういう風の吹き回し? デルゲス」


 僕の横から、ルイーズ学院長がデルゲスに言った。


「あなた、息子が闘うのよ。こんなところでゆっくり観戦している場合?」

「ふん……息子だろうが何だろうが、勝ったものこそ至高しこう


 うわぁ……すごい思考の親だ……。ボーラスもグローバスもあんな上から目線の性格になるのは仕方なかったのか。


 すでにディーボとボーラスはリング上に上がって、向き合っている。


 ボーラスはディーボに向かって、「おい、このチビ野郎!」と声を上げている。


「俺は最近、機嫌が悪いんだ! てめぇのようなチビをぶっとばして、さっさと準決勝にコマを進めるぜ。それとも、こないだのベクターのように、わざと俺様の骨を折る気か? そうはさせねえぜ」

「そんな必要はもうない」

 

 ディーボは笑った。


「なぜなら、今日は、僕の真の実力を見せる日だからね」


 その時、試合開始のゴングが鳴らされた!

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