第30話 ディーボと伝説の投げ技

 ディーボ・アルフェウスとボーラス・ダイラントの試合が始まった。


 僕はボーラスの兄のグローバスと対戦したが、それと同じくらいの体重差だ。ディーボは小柄で軽量級。ボーラスは重量級だ。ただし、ボーラスの体は、前回の僕との対戦時よりは、多少引き締まって見える。


(この試合、ど、どうなるんだ?)


 僕は席から、二人の試合を見守った。


 ──ボーラスは素早く右ジャブを放った。


 パシィッ


 ディーボはパンチを喰らった。ボーラスは、今度は左ジャブを放つ。ディーボはまた受けてしまう。

 ボーラスはニヤリと笑った。


「たいしたことねぇな!」


 ボーラスはすぐに得意の右ボディーブローだ。ディーボの腹部に当たった。ディーボは、「ぐっ」という声を上げて、後退する。


「おいおい」


 ボーラスは笑っている。


「お前、本当にバルフェスの一位なのか?」


 ディーボは真っ青な顔で、腹を押さえながら、ボーラスと距離を取り始めた。ボーラスは一歩踏み込んで、右ストレートを放つ。ディーボはあわてて、横にかわした。しかし、ボーラスの左フック。ディーボの頭に、まともに当たった!

 ディーボは吹っ飛ぶ。しかし、転げながら、すぐ立ち上がる。ダウンではない!


「ねえ、デルゲス」


 僕の左隣に座っていたルイーズ学院長が、デルゲス・ダイラントに言った。


「あなたの息子は調子良いわね。でもあなたが協力している、期待のディーボ・アルフェウスはまったくダメじゃないの」

「ふん、そうだな」


 デルゲス・ダイラントは僕の隣で、腕組みをしながら言った。


「ディーボの力は、あんなものではないはずだが。買いかぶりだったか」


 ディーボはフラフラになりながら、構える。あんなに重いパンチを喰らいながら、ダウンをしないとは、さすがというべきなのか。


 ディーボ、君はバルフェス学院の一位だろう。君を応援するつもりはないけど、一体どうしたんだ? 僕は首を傾げた。


「ケリをつけるぜ」


 ボーラスはディーボのそばに素早く近寄ってきた。

 ──ん? なんだ?


 スパンッ


 その時だ。ディーボの右パンチが、いつの間にかボーラスの顔に当たっていた。

 驚くボーラス。

 ディーボは前進し、倒れ込むような姿勢で、そのまま拳を突き出したように見えた。

 な、何だ? あのパンチは! 体をまったくひねらない!


 スパン!


 またディーボのパンチが、ボーラスの顔に当たった! 


「ディーボのパンチは、ノーモーション・パンチよ!」


 ルイーズ学院長は言った。


「相手が動いたすきを見て、倒れ込むように打つパンチ! 相手は動きの挙動が分からないから、約九十%の確率で、当たるわ!」


 ディ、ディーボのやつ、あんなパンチを持っていたのか? あれが彼の言う、「得意技」なのか?


 しかしボーラスはさすがに倒れない。

 ディーボに素早くラッシュを叩き込む。そして、得意の右フック!


 しかし!

 ディーボはその右フックを腕で防いでいた。すぐにボーラスの右腕を両手で掴んだ。

 彼はくるりと正面を向いた。


 ディーボは右足裏で、ボーラスの右足のスネを払い──。


 ドサッ……


 何と、ボーラスを背負って投げつつ、ディーボ自身も倒れ込んだのだ!


 ディーボはすぐに起き上がって、構えをとる。

 ボーラスも、すぐに起き上がろうとするが、顔が苦痛にゆがんでいる。立ち上がれない。背中を強く打ったみたいだが……。


「あ、あの投げ技は!」


 ルイーズ学院長が声を上げた。


「……『山嵐やまあらし』!」

「え? ヤマアラ……何ですか? それ」


 僕が聞くと、右に座っていたデルゲスが口を開いた。


「正式には、山嵐やまあらしの変形だ。『変形山嵐へんけいやまあらし』だ」


『ダウン! 1……2……3……!』


 ダウンカウント! ボーラスのダウンだ!

 ボーラスは何とか立ち上がり、すぐに構えた。だが、まだどこか痛そうだ。

 

 ディーボは構えたまま、動かない。ボーラスはそれをチャンスと見たのか、素早く走り込んできた。顔は青ざめていたが──。

 得意の走り込んでのパンチ!


 しかし、ディーボも一歩踏み込み、ノーモーション・パンチとは違う、不思議なフォームから、右拳を放っていた。


 バキイッ


 音がした。


 ど、どっちのパンチが当たったんだ?


 グラリ


(ううっ……!)


 僕は冷や汗をかいていた。


 体がぐらりと揺れたのは、ボーラスの方だった。ボーラスのアゴに、ディーボの拳が当たっている。逆にボーラスのパンチは──ディーボにかわされていた。

 

 パンチが当たったのは、ディーボだ! 


 ボーラスは両膝から崩れ落ち、再び、リング上に座り込んだ。


 僕は見た。ディーボはボーラスの拳をかわしつつ、ボーラスのアゴにパンチを叩き込んでいた。しかも、そのパンチは普通のものでも、ノーモーション・パンチでもなかったように思える。

 拳は横向きではなく、縦向きに繰り出されていた──。い、いったい、何なんだ? ディーボのあのパンチは? 

 腰は回転しているのに、軸がまったくブレていなかったように見える。 


『ダウン! 1……2……3……!』


 またダウンカウントが始まる。


「今のディーボのパンチ、ノーモーション・パンチに近いけど、これは『直突ちょくづき』という技よ」


 ルイーズ学院長は言った。


「拳は縦の状態で繰り出される。つまり『縦拳たてけん』というやつね。素早さと威力を合わせ持ったパンチよ」


直突ちょくづき……! ディーボは何種パンチを持っているんだ?)


 ボーラスは立ち上がろうとするが、ダメだ。直突ちょくづきよりも、さっきの投げが、相当効いているのだろう。手を背中に回してから、苦痛に顔をゆがめ、またリング上に寝転んでしまった。


 デルゲスは立ち上がり、「勝負あった」と言って、競技場の奥の方に去っていった。


『……8……9……10!』


 カンカンカン! という試合終了のゴングが鳴った。すぐに治癒魔導士が、リング上にかけこむ。すぐに、ボーラスの背中を診察し始めた。


『しょ、勝者! ディーボ・アルフェウス! 五分三秒、KO勝ち!』


 魔導拡声器まどうかくせいきで放送がかかった。僕は呆然としていた。


「ル、ルイーズ学院長! これ、一体どうなっているんですか?」


 僕はルイーズ学院長に聞いた。


「パンチが効いた以前に、ボーラスはディーボの変形山嵐へんけいやまあらしですでにダメージを受けていた」


 ルイーズ学院長は説明した。


「ボーラスは背中をかなり強く打ったみたいね。もしかしたら骨にヒビが入ったかもしれない。──でも、これはディーボの実力よ。受け身をとれなかったボーラスが弱かった」

「ディーボの放った投げ技は、何なんです?」

「伝説の投げ技、山嵐やまあらしの変形と言って良いと思うわ」

山嵐やまあらし……? 聞いたことがありません。背負い投げの一種ですか?」

「ええ、簡単に言えばね。百年前、『東の果ての国』の魔導体術家まどうたいじゅつかが考案したとされる、伝説の投げ技よ」

「東の果ての国……! 百年前ですか!」

「ええ、古い技よ……。ただし、ディーボが見せた投げ技は、その古い技の変形……だけど。山嵐やまあらしの特長としては、相手の片腕を取り、自分の足裏で相手のスネを払う」


 ルイーズ学院長はためらうように言った。


山嵐やまあらしは、あなりにも危険な技だし、難しい技だから、百年間は使い手がいなかった。しかし、ディーボ・アルフェウスは使った!」


 百年間も使い手がいなかったって? そんな技があるのか? ボーラスは治癒魔導士の治癒魔法をかけられている。一方、ディーボはひょうひょうとした顔で、リングをさっさと降りてしまった。


 僕は立ち上がった。


「レイジ! どこに行くの?」


 ルイーズ学院長は驚いた顔で僕を見た。


「ちょっと、ディーボと話をしてきます!」




 僕は席を立って花道を通り、控え室がある廊下に入った。警備員がいたが、僕の顔は知られているので、引き止められなかった。


 ディーボがいた! 彼は控え室前で、下級生と談笑している。


「ディーボ!」


 ディーボはおや、という顔で僕を見た。


「君は、こんな実力を隠しもっていたのか!」


 僕は声を上げた。ディーボはハハッと笑った。


「レイジ君、試合、観てくれたのかい」

「ああ、観たよ。み、見事な投げだった」

「嬉しいね。今日は、正々堂々といかせてもらったよ」


 彼は笑った。しかし、僕はベクターのことについては納得がいかない。


「君は実力がありながら──、どうしてベクターを怪我させたんだ」

「怪我をさせようが、なんだろうが、弱い者はリング上にはいらない。君も分かっていることだろう? フフッ、一週間後、準決勝がある。そして、その次の決勝は僕と君──レイジ君が闘うことになるだろう」


 僕は何も言わなかった。


「決勝で会おうじゃないか。楽しみだな」


 ディーボはそのまま、下級生と控え室に入ってしまった。


 僕は呆然と立ち尽くしていた。ディーボ・アルフェウス……。


 彼は──強い!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る