第25話 ベクターを見舞う & ディーボの野望①

 足を大怪我したベクターは、競技場近くのグラントール王立総合病院に運ばれた。

 ベクターの足は治癒魔導士たちにより、すぐに検査。当然、面会謝絶。僕らはその日、ベクターの見舞いに行けなかった。


 翌日は休日だった。僕とケビンはようやくベクターを見舞うことができた。僕の次の対戦相手、強敵、グローバス・ダイラントとの試合は六日後だから、まだ余裕はある。

 病室に入ると、ベッドにベクターが横になっていて、足を吊って寝ていた。睡眠中か……。


「ちっきしょお……」


 ケビンは、ベクターの変わり果てた姿を見て、悔しそうに声を上げた。


「あのディーボの野郎……本当に汚ねえヤツだ。わざとベクターの足を壊すなんてな! ベクターは愛嬌あいきょうのないヤツだったが、こんなことになるとはよぉ……」

愛嬌あいきょうがなくて悪かったな」


 ベクターが目を開き、いきなり言葉を発したので、僕らは飛び上がるくらい驚いた。お、起きていたのか。


「症状はどうなんだ?」


 僕があわてて聞くと、ベクターはのんきにベッドの上で伸びをした。


「複雑骨折だ。全治三ヶ月ってとこらしい。ただ、車椅子を使えば、外に出られる。悪いけど、ちょっと外に出たいんだが」


 ベクターがそう言ったので、ケビンは彼を車椅子に乗せてやった。僕はベクターの車椅子を押すことにした。怪我をした友人の世話をするなんて初めてだ。


 ◇ ◇ ◇


 外は良い天気だった。空には飛竜の配達便が飛んでいる。僕らは病院の敷地内の芝生広場に入った。

 ベクターは静かに話し出した。


「あのディーボってヤツ、闘ってみて分かったことがある」

「な、何か弱点を発見したのか?」


 僕は驚いてベクターを見やった。ベクターは口を開いた。


「確かにヤツは強い。僕の蹴りをいとも簡単につかまえちまったんだからな。でもあいつ、本気で魔導体術まどうたいじゅつをやってないというか……」

「え? 意味がわからんぞ」


 ケビンが首を傾げた。


「何と言うかな。魔導体術まどうたいじゅつ自体にあまり関心がない……。いや、これもちょっと違うか……うーん」


 ベクターは考えている。


「そんなバカなことがあるかよ。魔導体術まどうたいじゅつに関心がないなら、なんで昨日のリングに上がって、お前を怪我させたんだよ」


 ケビンが聞く。しかしベクターもまだ答えが出ていないらしく、腕組みをしていた。


「いや……僕もちょっと変なことを言っていると思う。そうだな、言い方を変えれば、ディーボは、魔導体術まどうたいじゅつを好きじゃないんだよ。――ああ、ピッタリの言葉があった」

「どんな言葉だ?」


 僕が聞くと、ベクターが言った。


「『にくしみ』だ。試合をしていた時、ディーボから、『にくしみ』の心を感じたんだ」

「よく分からねえな。難しいこと言うなよ」


 ケビンは頭をかいた。

 しかし、僕は何となくベクターの言っていることが分かった。


 ◇ ◇ ◇


 次の日の午後、宮廷直属バルフェス学院では――。


 校舎の外に造られた訓練施設で、生徒たちが魔導体術まどうたいじゅつの練習を始めていた。

 訓練施設は二十棟もある。クラスごとに何と何と一つずつあるのだ。たくさんの最新ウエイトトレーニング機器も備えられ、練習用リングもそれぞれの施設に二つずつあった。大変な豪華な設備だ。


 バルフェス学院、3年A組の訓練施設では、14歳から15歳の生徒たちが、一生懸命、訓練にはげんでいた。すると、その訓練施設に、誰かが入ってきた。


「おい……ディーボさんだ」

「静かにしろ」


 騒がしい生徒たちの声が、一瞬にして静まり返った。


 ディーボ・アルフェウスが入ってきたのだ。彼は制服ではなくスーツを着ており、手には、一メートルのかしの木の棒を持っている。一緒に歩いてきたのは、グローバス・ダイラントだ。


「僕に構わず、練習を続けろ」


 ディーボは生徒たちにそう言いながら、練習用リングを見やった。

 3年A組の有望株、男子のダニー・ラスとマイク・イーサンがこれから練習を始めるところだった。しかし、ディーボが入ってきたので、直立不動になった。それくらい、ディーボの学校での地位は高い。


「何をやっている。練習試合を始めて」


 ディーボは静かに二人に言った。横にいるグローバスは静かにニヤニヤ笑っている。

 ダニーとマイクは、あわてて練習試合を始めた。

 さすがにバルフェス学院の生徒だ。パンチも蹴りも基本ができており、見事な練習試合を見せていた。


 ドガッ


 その時、ダニーのパンチが、マイクのこめかみに当たった。マイクは倒れ、ダニーはあわてて、「おい、大丈夫か」と心配そうに駆け寄った。


「何をしている!」


 ディーボがそう怒鳴りながら、リング上に上がってきた。


「は、いえ」


 ダニーはあわててディーボに言った。マイクはリング上で仰向けになって、ぐったりしている。


「カウンターで急所のこめかみに当たってしまいました。治癒魔導士を呼んでこないと」

「攻撃の手を休めるな」

「え? ディーボさん、マイクはダウンしています」

「叩き潰せ!」

「はっ?」


 ディーボは手に持ったかしの木の棒で、ダニーの腕を叩いた。


「ギャッ!」

「相手が倒れても、叩き潰せ!」

「は、はい!」


 ダニーは馬乗りになって、マイクの顔を殴りつけた。ダニーは殴りながら泣いていた。


「もっと殴れ! 非情になれ!」


 ディーボは、ダニーの背中を棒でバシンと叩く。ダニーは泣きながらも、マイクを殴り続ける。マイクはすでに失神している。


「よーしよし」


 ディーボはダニーを抱きしめた。


「ダニー、凄いじゃないか。君はやればできる」

「え? あ、ありがとうございます」

「よく非情になれたな。君は、すごい選手になれるぞ。選抜メンバーの候補にしてやれるかもしれない」

「えっ? そ、そうですか! ありがとうございます!」


 ダニーは泣きながら、ディーボの手を握った。マイクはまだ失神している。騒ぎを聞きつけた治癒魔導士が、リング上に飛び込んできた。それと入れ替わりに、ディーボはリング下に降りた。


「おい、ディーボ」

 

 グローバスはひきつって笑いながら言った。


「随分、熱い指導じゃねえか。だが、最後、めていたのは指導者としてか」

「……指導? ふん、あんなのは演技だ」

「え? なんだと?」

「散々、恐怖を与えた後で、優しくしてやる……。これは心理的な技術だよ」


 ディーボはそう言ってニヤリと笑った。薄気味の悪い笑顔だった。

 グローバスはあわてて聞いた。


「お、おい、じゃあ、すべて計算なのか?」

「そうだ。借金して失意のどん底にいる人間に、百万ルピーなどの大金を与えてやるのと似ている。そうすれば誰でも、神に助けられたと思うくらいに、その者に感謝するだろう」


 ディーボは続けた。


「恐怖を与えて絶望させ、その後ゆっくり、優しくしてやる。それを繰り返すことで、だんだんと心を支配できる……」


 グローバスはディーボの言葉にゾッとした。ディーボは続ける。


「すべて僕の将来の、商売ビジネス見据みすえた行動だ。十年後の二十六歳で、僕は年間、十億ルピーかせぐ予定だよ。そのために、今から徹底して、生徒たちを支配する。彼らが将来、僕の操り人形になって働くわけだ」


 ディーボは別の生徒の方にスタスタ歩いていく。


「さぼるな! 手がちぎれるまで、腕をきたえ上げろ!」


 バシイッ


 またかしの木の棒で、生徒を叩きのめす。グローバスはディーボの後ろ姿を見て、冷や汗をかいていた。そんな光景を、ソフィア・ミフィーネが悲しそうな顔で見ていた。


 その時、スーツ姿の老人が、あわてて訓練所に入ってきた。


「坊ちゃま!」

「おい」


 ディーボは老人に言った。


「学校では坊ちゃまはやめろ、と言っただろ。なんだ、デニル学院長」


 彼の名はボイド・デニル。ディーボの父の部下であるが、バルフェス学院の学院長も務めている。


「グラントール王が、ディーボ様に会いたいとおっしゃっています。すぐに城へ!」

「……ふむ、分かった」


 ディーボは表情を変えず、ただ静かに言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る