第24話 ついにディーボがリングに上がる
グラントール王国学生魔導体術個人戦トーナメントの第一回戦は、次々と試合が進んでいく。僕の次の試合は一週間後だから、僕は他の試合を、選手特別席で観戦することになった。
(気がかりなのは、今日の最後の試合、ディーボとベクターの試合なんだよな……)
僕は席に座り、ベクターのことを心配していた。ディーボのことも気になるし……。
第二試合は要注目のボーラスの兄、グローバス・ダイラントとレビン・ゾイラスの試合だ。グローバスは、バルフェス学院所属だ。
一方、相手は街コボルト族のレビン。レビンは体格は中肉中背なのだが、力が強く、一撃で相手をダウンさせることができる選手だ。
グローバスがリングに上がった。僕は彼を初めて見る。
でかい……公式発表によると、身長は192センチ、体重91キロ。
「デルゲス・ダイラントによく似てるね」
隣に座っているアリサが言った。僕はうなずいた。確かに彼の父親――世界大会優勝者、デルゲス・ダイラントに似ている。顔がいかつくて、すでに相手のレビンは圧倒されている。
レビンは素早くジャブを放った。顔狙いではなく、ボディジャブだ。
しかし、グローバスはまったく防御しない! 仁王立ちだ。レビンのジャブが腹に効いていない。こ、こんなことがあるのか?
グローバスはレビンに対して笑っている。
「お前……本当にゾーグールの一位かぁ? おい、もっと打ってこい」
レビンの右アッパー! グローバスのアゴに決まった。しかし……グローバスは倒れず、笑っている。まだ仁王立ちだ。防御をする、という発想がないのだろうか? こんな選手は初めてだ。レビンのパンチはまともに入ったはずだ。
「おい、街コボルトよぉ、パンチは、こうやって打つんだ!」
グローバスが右ストレートを放った。素早い!
ブン
という音がした瞬間に、レビンが吹っ飛んでいた。レビンはロープ際まで吹っ飛ばされ、完全KO。ゾーグール学院の一位を、何もさせないで完勝してしまった。
……強い! こいつがバルフェス学院の実力なのか? 圧倒的な力、そして強さだ。
グローバスが花道を歩いていく。僕は選手特別席を離れて、グローバスを見に行った。グローバスは控え室前の廊下で、僕に気付いたようだ。
「よお、こないだ弟のボーラスを叩きのめしてくれた、レイジ・ターゼットじゃねえか」
「あ、ああ」
「来週の試合、俺とお前だけどよ」
僕は考えていた。僕の攻撃が、この選手に効くのか? グローバスは一本指を立てた。
「こいつだ」
「な、なんだよ?」
「一分だ。一分でお前をKOしてやるよ。俺がお前に勝つ確率は、1000%だっ!」
グローバス・ダイラントは豪快にガハハと笑いながら、控え室に入ってしまった。
決勝でディーボと試合をするどころか、二回戦でとんでもない強敵と当たってしまったものだ。僕は、このグローバス・ダイラントに勝たなくてはならない……!
◇ ◇ ◇
試合はどんどん進んでいく。Aブロックで勝ち上がったのは、マステア・オリーダ。パターヤ・マイキ。
Bブロックはソフィアがジェイニーの蹴りを掴んで、関節技を決めてギブアップ勝ち。ローガー・ザイクルも勝ち上がった。
気になるボーラスも判定勝ち。相変わらず巨体だ。
そして、気になるディーボとベクターの試合が始まる。ディーボとベクターは体術試合リングに上がった。僕はケビンと一緒に、セコンドについた。
「ケビン、得意の蹴り技でいこう!」
僕はリング下から、ベクターにアドバイスを送った。逆に言えばそれしかできない。
目の前のディーボ・アルフェウスは僕と同じくらい小柄。軽量級だ。一方、ベクターは中量級。彼はかけていた眼鏡を僕に手渡した。
「今日は調子がいい」
「ほ、本当か、ベクター」
僕はホッとした。ベクターは、体術グローブから出ている指をポキポキ鳴らしている。本当に調子が良さそうだ。
ベクターの目の前にいるディーボは笑っている。笑っているのに、表情が読めない。
ゴングが鳴った。
ベクターは得意の横蹴りを放つ。ディーボはそれを腹に受けてしまう。今度は、ベクターの左ジャブだ。速い! これもディーボは、二、三発顔に受けた。
「お、おい」
ケビンは僕に言った。
「ベクターのヤツ、イケるぞ」
僕はうなずいた。ディーボ、そんなに強くないぞ? ベクターは勝てるかもしれない。
ベクターはすぐに下段蹴りを繰り出す。これは僕もやられた、足を刈る蹴りだ。
ディーボはうまい具合に、リング上にひっくり返った。彼は背中を打ったが、ヨロヨロと立つ。
しかし、判定になった時、これでベクターの印象が良くなったはずだ。
ベクターはまったく油断を見せない。すぐに得意の中段蹴りだ。一発、二発、三発! 連続してディーボに対して蹴り上げていく。
つ、強いぞ、ベクター!
そして中段蹴りの四発目……!
しかし!
ディーボはいとも簡単に、ベクターの足を腕で抱え込んだ。そして――右肘をベクターの足の膝に落としつつ、全体重を浴びせかけた!
ベキィ!
嫌な音がした。
「ぐ、ぐあああああぁ!」
ベクターが右足を押さえて、リング上で
「早く治療を!」
僕は叫んだ。治癒魔導士たちがリング上に上がり、すぐにベクターの足を診察し始めた。しかしリング外に手でバツの字を示すと、すぐに試合終了のゴングが鳴った。
『勝者、ディーボ・アルフェウス! 三分二十五秒……ドクター・ストップ勝ち!』
ざわざわ、という声が場内に響く。ディーボといえば、すずしい顔で、下級生のセコンドから、手渡された飲料水を飲んでいる。
「お前っ!」
僕はリング上に上がった。
「ベクターの足を狙っていたんだな!」
「何のことかな?」
ディーボは笑っていた。しかしその顔はまさに……鬼! 間違いなく、ベクターの大事な足を破壊する予定だったのだ!
しかしディーボはひょうひょうと言った。
「僕はルール内で、勝っただけだけど? ベクター君はお気の毒だね」
「くっ」
僕は息をついた。
「ああ、そうそう。今日は見せられなくて残念だったけど」
ディーボは言った。
「僕にしか使えない、強力な得意技があるからね。今度、君に見せてあげられるといいね。レイジ君」
(強力な得意技だと……?)
ディーボはさっさとリングの外に降りてしまった。まだ試合会場は騒然としている。
ベクターはうめき声をあげながら、治癒魔導士の治療を受けている。ルイーズ学院長はリング上に上がろうとしたが、それを止められた。どうやら、魔導体術家の資格がないので、リング上に上がることができないらしい。
ベクターは担架に乗せられた。大変な怪我だ……。
彼の足は、破壊されてしまった。
誰が見ても分かることだ。
僕はディーボの恐ろしさを、十分に理解した。
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