第23話 ディーボとの再会

 ここは宮廷保養訓練施設の会議室。

 その会議室に、バルフェス学院の生徒、ソフィア・ミフィーネが入ってきた。


「レイジ君――。今のバルフェス学院は腐りきっています」


 ソフィアは僕の手を取って、いきなり言った。


「どうか私たち、バルフェス学院の生徒を救ってください!」

「ど、どういうことなんだ、ソフィア?」


 僕が聞くと、ソフィアは静かに言った。


「実質バルフェス学院を支配しているディーボを、あなたが倒して欲しい。今のバルフェスを潰して欲しい」

「え、ええっ?」


 僕は驚いた。バルフェス学院を潰して欲しいって? ソフィアがこんなことを言うとは、よっぽどバルフェス学院はひどいことになっているのか?


「そんなにバルフェスはひどいの?」

「そうよ……レイジ君」

「あ、レイジって呼んでいいよ」


 僕は彼女が話しやすいように言った。


「し、しかし、ソフィア。君はBブロックだ。君が勝ち上がると、君はディーボと対戦することになる。君が彼に勝つ可能性は?」

「ないわ。……ディーボは強すぎる。ただし、お二人が思う、『強い』とは違うのです。怖い、というか、恐ろしいというか……。彼の力、考え方は『人の道』から外れている。それを生徒たちに、『洗脳』によって植え付けようとしているのです」

「ど、どういう意味?」


 僕が聞くと、ソフィアは決心したように言った。


「彼の恐ろしさは、実際に試合を観てくださったら分かります……。こ、これ以上は……言うのは辛い。バルフェス学院が好きだからです」

「分かったわ、ソフィア」


 ルイーズ学院長は、ソフィアをそっと抱きしめて頭をなでた。


「あなたはバルフェス学院の生徒だものね。辛いことを、よく私たちに話してくれました。それ以上は、言わないでいいの」

「ルイーズ学院長……」


 ソフィアの目から涙がこぼれ落ちている。


「ここから先は、私たちがディーボのことを考える。あなたはもう自分の部屋に戻りなさい」 

 ソフィアはうなずいた。そして僕の両手を、自分の手で優しく包んだ。


「お願い、レイジ」


 ソフィアの目から涙があふれ出す。


「バルフェス学院を、元の素晴らしい魔導体術まどうたいじゅつ養成学校に戻してください。それには、ディーボ・アルフェウスを倒すしかない。バルフェス学院を、一度、潰すしかない。――ディーボを倒すのは、レイジ、あなたしかいないのです」


 ソフィアは僕の手を離すと、僕とルイーズ学院長に一礼をして、会議室を出ていった。


「ソフィアの言っていること……。ほ、本当でしょうか」


 僕は、椅子に座って腕組みをしているルイーズ学院長に聞いた。


「それを確かめましょう」

「ど、どうやって?」

「それは、トーナメント一回戦を勝ち上がってから、考えたほうがいいかもね。今は練習あるのみ」

「わ、わかりました」


 何だか、大変なことになってきた。


 ◇ ◇ ◇


 月日は過ぎ去り、次の年の二月三日になった。

 ついに、個人戦トーナメントの一回戦の日が来てしまった。

 バルフェス学院の状況と、ディーボのことについては、調査があまり進まなかった。重要な個人戦トーナメントに向けて、各校、情報を遮断しゃだんしている状況だ。仕方がない。

 

 場所は、グラントール王立競技場。

 スタジアムの中央に試合リングが設置されている。屋外で試合することになる。


「すげえなあ……。レイジ、こんなところで試合するのかよ」


 一緒に来ていたケビンが言った。

 王立競技場のスタジアムはかなり大きい。その中央に試合用リングがあり、そこで試合をするのだ。一回戦だというのに、お客もかなり入っていた。


 その日の午前十時半、僕はリングの上に立っていた。セコンドにはいつも通り、アリサがついていてくれている。


「レイジ、集中!」


 アリサがリング下から声を上げる。や、やっぱり緊張してきた。

 

 相手は僕が去年の九月まで通っていた学校、ドルゼック学院の十五歳――新鋭、ライガナ・ジェス。

 髪の毛を真っ赤に染めた男子だ。僕は彼のことをよく知らない。資料によると、身長は172センチ、体重は65キロ。中量級だ。僕は軽量級だから、力では向こうの方が断然上だ。


 試合開始前、ライガナはリング上のロープに腕をかけて、笑って言った。


「レイジさん、元ドルゼックでしょ? 俺、ボーラスさんに頼まれたんですよねー」

「な、何をだ?」

「あんたを殺せとさ」


 ボーラスのヤツ、まだ僕を憎んでいるのか。仕方のないヤツだな。下級生に仕返しを頼むとは。


「ぶっちゃけ、あんた、そんなに強くなさそうじゃん?」

「あ、ああ。まあ、見た目はね」

「俺、ボーラスさんに小遣いもらってるからさ。負けるわけにはいかないんだよねー」


 ライガナはヘラヘラ笑っている。


 ゴングが鳴った。


 ライガナはベタ足で近づいてきて、前蹴りを打ち込んできた。そしてジャブ二発。典型的な打撃型だな。

 彼は口を開いた。


「あんたに勝てば、ボーラスさんから百万ルピーもらえ……」


 僕は彼が言い終わるうちに、右中段蹴りをあばらに叩き込んでやった。続けて、すぐさま右フックを繰り出した。


「あぐ」


 彼のうめき声が聞こえた。

 僕の右フックが、完全に彼のアゴに入った。急所だ。防御がまったくできていないから、がら空きだった。


「そんな……」

 

 ライガナはガクッと膝を折った。少しふんばったが、やがてヨロッと前のめりになり、滑り込むように倒れ込んでしまった。

 その時、彼はつぶやいた。


「……う、そ、だろ」


 場内は静まり返っている。観客のヒソヒソ声が聞こえてきた。


「おい、き、決まったのか?」

「す、すげえスピードの攻撃だ」


 その時――カンカンカン!


 というゴングが鳴った。試合終了のゴングだ!


『勝者! レイジ・ターゼット! 四十八秒、KO勝ち!』


 ドオオオオッ


 場内は騒然となった。リング上には、治癒魔導士ちゆまどうしが駆けこんで入ってきた。ライガナはアゴを押さえてもだえている。アゴは骨折していないと思うが、かなり効いたようだ。

 ライガナはうめいている。


「に、人間の……動き、じゃねえ……」

「ライガナ、もっと修業してきなよ」


 僕は言ってやった。


 ◇ ◇ ◇


 僕がリングを降りると、アリサが「レイジ!」と声を上げて、花道の前方を指差した。


 そこには、屋内の控え室へ続く、廊下への入り口がある。そこには一人の少年が立っていた。僕は歩いていって、少年とすれ違った。彼は、宮廷保養訓練施設で会った、ディーボ・アルフェウスだった。身長、体重は僕とほとんど変わらない。小柄だ。

 ディーボは、バルフェス学院の学生魔導体術家であることを示す、白いローブを着ている。


「フフッ……レイジ君。君は化け物なのかな?」


 ディーボはすれ違いざま、言った。アリサは心配そうに、僕ら二人を見ている。


「普通だよ」

「いや、化け物だ。右の中段蹴りと右フックを、ほぼ同時に叩き込むなんてね。あんな動き、大人の魔導体術家まどうたいじゅつかでも、そうそうできないよ。神速……まさにその言葉がピッタリだ」


 ……確か、僕の持つスキルには……【スキル】神速しんそくというものがあったはずだ。彼はそれを見抜いている?


「そういう君はどうなんだよ、ディーボ。君も強いんだろ」

「いやぁ、僕こそ本当の普通の少年だよ」


 ディーボはあっさりと言った。謙虚なのか、何かを企んでいるのか。


「自分の強さなんて、自分では分からないものだ。あ、そうそう、僕の今日の相手は、君と同じ学院のベクター・ザイロス君だったね」

「そうだったな。彼は強いよ。ドルゼックの元三位、マーク・エルディンに勝っているから」

「へえ、では僕も、ぜひベクター君に勝って、君に認めてもらいたいなぁ」


 彼はそう言うと、廊下の方を振り返り、バルフェスの控え室の方へ行ってしまった。


「あいつ」


 アリサは言った。


「ひょうひょうとしているけど、何だか恐いよ」

「そう……だな」


 僕はアリサの言う通りだと感じているのに、あいまいな返事をした。

 僕はディーボが怖かったのだ。ただ話しているだけで、煙に巻かれていく感じ。彼のペースにもっていかれてしまう気分になった。


 強さとはまた違う、恐ろしさが、彼の中にあるような気がした。


 ベクターが危ない……!

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