第21話 最強の敵、ディーボ・アルフェウス登場

 それはいきなりの告白だった。


「好きです」


 黒髪ロングヘアの、きれいな女の子が、顔を真っ赤にして僕に告白してきたのだ。驚く周囲、固まる僕。


「き、君は、誰だ?」

「あ、申し遅れました。私……ソフィア・ミフィーネと申します……」

「す、好きってどういうこと?」

 

 僕は本当にバカみたいに聞いた。


「レイジ君が好きなんです……。ファンなんです」


 このソフィアという女の子は、静かに言った。え? ファン? あ、そういうこと?


「ランダーリア体育館で、ボーラス選手との試合を、観ていたから……」


 ソフィアの顔は、ますます真っ赤だ。ソフィアは握手を求めてきたので、僕はアリサを横目で見ながら、恐る恐る握手をした。

 アリサはニコニコ笑っている。目は笑っていなかったが。

 その時、訓練所の向こうの方で、中年男性が声を上げた。


「おーい、ソフィア! 練習相手が来たぞ」

「あの人、私の先生です……」


 するとソフィアは、な、何と、自分の口元を僕の耳に近づけた。

 ぬっ、ぬおおおっ!


(……ディーボ・アルフェウスという生徒に、気を付けて)


 え?


 ソフィアは小声でそう言うと、先生の方に向き直った。


「じゃあ、レイジ君……また後で」


 ソフィアはスラリとした容姿に似合わず、かわいらしくパタパタと走っていった。そして何と、訓練所真ん中の、練習用リングの上に上がってしまった。


「レイジ君、ソフィアのことが気になるのかな?」


 横にはいつの間にか、僕と同じ、十六歳くらいの少年が立っていた。知らない少年だ。い、いつ、そこにいたんだ? 気配が感じられなかった。ソフィアと同様に、白いローブを羽織っている。


「僕は、宮廷直属バルフェス学院の生徒、ディーボ・アルフェウスといいます」


(ディ、ディーボ!)


 さっき、ソフィアが注意しろ、と言ってきた少年か? いや、驚くべき部分はそこだけじゃない。彼の所属している学院だ!


「き、君はバルフェス学院の生徒なのか?」


 僕は目を丸くしながら聞いた。

 グラントール王国で最高の魔導体術まどうたいじゅつ養成学校と名高い、あの宮廷直属バルフェス学院の生徒?

 よく見ると、他の魔導体術まどうたいじゅつ養成学校の生徒がちらほらいるようだ。十一月は養成学校の修学旅行シーズンだし、他の学校も、ここに修学旅行に来ているらしい。

 ディーボの身長は、僕と同じくらい! 約158センチから160センチ。体重も僕と変わらない、60キロ前後だろう。

 この小柄な少年が、バルフェスの生徒?


「じゃ、同じローブを羽織っているソフィアは……」

「そうだよ、ソフィア・ミフィーネはバルフェス学院の生徒だ。ソフィアは、バルフェス内のランキングで三位なんだよ」


 あ、あの美しい女の子が、バルフェスの三位だって? いや、女の子が強いのは珍しくないけど、あんなにおとなしそうな女の子が、バルフェス学院の三位だったなんて?


「ほら、見て。ソフィアの練習試合が始まる。それを見ればソフィアの強さが分かるよ」


 ディーボに言われるまま、僕は練習用リングを見やった。周囲にはたくさんの大人たちが集まってきている。バルフェスの生徒の練習試合ということで、魔導写真機まどうしゃしんきで撮影している者もいるようだ。報道記者も、ここに来ているのか?

 ソフィアの相手は……うわ! でかい女の子だ! 確か、ギルタン学院の女ドワーフ、ドンカ・ブルボーネだ! 彼女は確か、春期団体戦の大会で、僕が所属していたドルゼック学院に勝ったメンバー。身長180センチ、体重88キロ。女子の魔導体術家まどうたいじゅつかでは重量級に入るだろう。確か、マークを三十秒で殴り倒していたっけ……。

 一方、ソフィアは約身長165センチくらいか? 体重は……45キロくらい? 言うまでもなく軽いだろう。


「ちょっと待ってくれ」


 僕はあわててディーボという少年に言った。


「ブルボーネはドワーフ族の実力者だ。ソフィアは大怪我だけでは済まないぞ!」


 しかしリング上のソフィアは、相手に礼をし、半身に構えている。すぐに練習試合が始まりそうだ。


「心配する必要ないよ。ほら、見て」


 ディーボはそう言った。

 一方、リング上のブルボーネはニヤニヤ笑って、「いくよ、お嬢ちゃん!」と叫んで、ソフィアに殴りかかった。


 ──ソフィアはサッと左のパンチをかわした。

 するとソフィアはブルボーネの前で、くるりと正面を向いたのだ! すぐにブルボーネの脇に腕と肩を差し入れ──屈んだ!


 次の瞬間、ブルボーネは二メートルは吹っ飛んでいた。投げだ!


「いまのはソフィアの『一本背負い』だね」


 ディーボが解説してくれた。な、何て見事な「投げ」なんだ? あんなに人が吹っ飛んだ投げを見たのは、初めてだ。


 リング上に転がったブルボーネは、キッとソフィアをにらむと、今度は走り込んで、右フックを繰り出した。

 しかしソフィアは両手をクロスさせ、ブルボーネのアゴに、その両手を当てにいった。


 ズダン!


 ブルボーネの巨体はひっくり返ってしまった。


「す、すごい」


 僕は声を上げてしまった。恐らく「魔力」を込めた「当て身技」なんだろうが、まるでブルボーネが壁にでもぶつかったようだ。


「このヤロー!」


 ブルボーネはフラフラと立ち上がり、中段蹴りを出す。まるで丸太のような太い脚だ。まともに喰らったら、相手はあばらが折れるだろう。

 しかしソフィアはすずしい顔で、その蹴りをいとも簡単に右腕で抱え込んで──掴んでしまった。すぐにブルボーネの左足を右方向にひねる。


「う、うまい!」


 僕は叫んでいた。

 ブルボーネはバランスを崩し、仰向けに倒れた。ソフィアはそのままジャンプし、自分の膝をブルボーネの腹部に叩き落した!


 ズドッ


 鈍い音がした。


 ソフィアはサッと離れる。


「そ、そこまで!」


 ブルボーネの担当指導者が、リング上にあわてて上がり込んだ。ブルボーネは腹を押さえてうめいている。すぐに施設常駐の治癒魔導士もリング上に上がったが、特に治癒魔法は唱えないようだ。打ち身用の薬だけを、ブルボーネに貼りつけている。

 

 ソフィアは最後の膝落としを、手加減したようだ。


 それにしても──勝負は決した。僕も周囲の野次馬も、ソフィアのあまりの強さに声が出なかった。ソフィアは一礼している。


「い、一体、彼女は……ソフィアは何者なんだ?」


 僕はディーボに聞いた。


「僕と同じ、バルフェスの学生だよ。ああ、僕はバルフェス内ランキングの一位だけど」

「え? じゃあ、君はソフィアより強いのか!」


 僕は目を丸くして、ディーボを見た。


「そう。レイジ君、君もエースリートの一位だし、二月の個人戦で、僕とソフィアと闘うことになるかもしれないね」


 二月の個人戦……! あっ、そうだった。来年の二月に、グラントール王国主催の、学生魔導体術まどうたいじゅつ個人戦トーナメントがあるんだった!

 ディーボは、「では」と言って、ソフィアの方に行ってしまった。ソフィアはリング上から、僕に向かってかわいらしく手を振っている。僕も手を振ったが、僕の手は震えていた。


 一方のブルボーネは、肩を落とし、すごすごとリングを降りた。


 宮廷直属バルフェス学院……! 何て手強いんだ!

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