第17話 レイジVSボーラス②

「さっさとリング上で寝ちまえっ! この弱虫野郎が!」


 ボーラスはそう叫び、力強いボディーブローを放ってきた。一週間前、僕がドルゼック学院を追放さた時に受けた、彼の得意技だ。

 しかし、僕はすんでのところで避けた。

 彼の手にはめている体術たいじゅつグローブの拳部分には、石のように硬い魔石石膏ませきせっこうが入っている! 当たってたまるか!


 するとセコンドのアリサは、ボーラスのグローブの異変に気付いたようだ。やはり彼女も、ボーラスのグローブの異様な盛り上がりに気付いたのだろう。

 アリサは審判席の方を振り返って叫んだ。


「ねえ、審判っ! ボーラスのグローブに……!」

「いや、いいよ! アリサ、言わないでくれ!」


 僕はとっさに叫んだ。アリサは驚いているようだった。


「僕は、このまま、ボーラスを倒す!」

「ククク……いい度胸だ、レイジ」


 ボーラスは悪魔のような顔をして笑っている。


「何にしてもだ。俺のこのグローブのことは、審判にバレねえ仕組みになっているんだ。審判を、買収しているからな」


 僕はボーラスのあまりの悪党ぶりに、苦笑するしかなかった。本当は苦笑している場合ではなかったが。一方、アリサは僕の考えを察してくれたようで、深くうなずき、叫んだ。


「レイジ、そのまま行けぇーっ!」

「おーら! 血ヘド吐けや!」


 ボーラスは左ジャブ二回、そして右フック! 僕はすべて上段受けで受け流した。彼の石のように硬い拳部分をうまく避けている。これはボーラスのパンチを、ミット持ちで体験していた成果だ!

 ボーラスといえば大量の汗をかいて、顔も真っ青だ。


「て、てめえ……。何なんだ、おめえは。全然当たらねえ……。あの弱虫レイジはどこにいったんだ? おい」

「知るか」

「この野郎……生意気な口を利きやがって。だが、これならどうだ?」


 ボーラスが走ってきた! 駆け込みながら、右ストレート! これがボーラスの最大の得意技だ。何と、右手が青白く光っている。魔力を込めたパンチだ。ボーラスは魔力を使うのが苦手だったはずだが、練習したようだ。


 しかし、僕はその隙を見逃さなかった。ボーラスの肩口に、前蹴りを繰り出していた。その瞬間、ボーラスは苦痛にゆがんだ顔をして、腕を降ろした。


「ち、ちくしょう、痛ぇ……。お前、何しやがった……?」


 これは、肩口の急所を狙った攻撃だ。僕の思惑通り、彼の肩の急所に入った。ボーラスはもう防御姿勢をとれないくらい、痛いはずだ。


 ボーラスは真っ青な顔をして、後ろに下がった。右腕はだらりと垂らしている。


「てめぇを絶対ぶっとばす……いいか、この野郎!」


 ボーラスがえる。今度は駆け込みながらの左ストレート! 僕はそれを待っており、体を沈ませた。


「お、おい、待っ……」


 ボーラスは声を上げたが、僕は止まらなかった。


 バキィッ


 僕は彼のあごに、右アッパーを決めた。美しいまでにボーラスのアゴをとらえた、カウンター攻撃だった。魔力も込めている。

 観客は静かになった。

 完全に急所に入った手ごたえがある。


「ぐ、ふ……」

 

 ボーラスは膝をがくりと折って、リングにしゃがみこんだ。


 しかし、いつまでたっても、ダウンカウントは始まらない。審判員はあわてたように、顔を見合わせている。


「おい、ダウンだろーが!」

「カウントとれよ!」

「何やってんだ、審判!」


 審判員は、ボーラスのダウンを認めない方針らしい。やはりボーラスに買収されていたようだ。しかし、渋々、魔導拡声器で、審判員の声が響いた。


『ダウン! 1…………2…………3…………4…………』


 やたらと遅いダウンカウントが始まった。ボーラスはリングのロープにつかまり、何とか立ち上がろうとする。


 その時だ。


「早く、試合を止めさせなさい!」


 審判席の審判員たちにそう叫んだのは、医療班いりょうはん治癒魔導士ちゆまどうしだ。


「完全にカウンター攻撃で、あごに入っているぞ! ボーラスが危険だ。すぐにタンカを用意しなさい!」


 審判員たちは困ったように、何かを話し合っている。そのうち、何と、ボーラスが立ち上がった。


「ヘヘヘ、レイジ、てめぇをぶん殴らなきゃ気がすまねえ」


 ボーラスはそう言いつつ、素早く僕に近づいてきた。

 誰が見ても、隙だらけなのは明らかだ。

 僕が彼の腹にパンチを打ち込むと、彼はうなりつつ頭を下げた。すかさず僕は──。

 ボーラスのアゴに向けて、渾身の力を込めた飛び膝蹴りを放った。


「ぐへ」


 ボーラスの声と、にぶい打撃音がリング上に響いた。


 僕の膝蹴りによってボーラスの頭が上がり、彼はグラリとその巨体を揺らした。


 しかし、ボーラスは踏みとどまった。


「ぐああああーっ」


 ボーラスは獰猛な熊のような声をあげながら、突進してくる。最後の攻撃だ。


 ここだ! もう一発!

 

 僕は右フックを彼のこめかみに叩き込んでいた。

 急所──。確実にとらえた!


「うぐ、お」


 ボーラスは声を上げた。

 そして……ボーラスは再びガクリと両膝をリングについた。


 ──その時、甲高い試合終了のゴングの音が周囲に響いた。 

 ゴングを鳴らしたのは、医療班いりょうはん治癒魔導士ちゆまどうしだ。


『勝者、レイジ・ターゼット! 七分三十二秒、KO勝ち!』

 

 ドオオオオッ


 観客は騒然となった。

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