第18話 僕、学院の英雄に! & ルイーズ学院長の会議①

 僕がボーラスに勝利した二日後。エースリート学院全校生徒は、校庭での朝礼に呼び出された。ケビン、ベクター、アリサ、そして僕――レイジ・ターゼットは壇上に立っている。

 全校生徒約千名が、皆、僕らの方を見ているのだ。すごい光景だ。

 生徒指導長であり六十代の中年男、マダール・ピムは壇上に上がり、全校生徒の前で、魔導拡声器まどうかくせいきに向かってこう声を上げた。


「おとといの我がエースリート学院とドルゼック学院の試合、諸君は客席で応援していたと思う。我々、エースリートの代表メンバーは、見事、勝利をおさめた!」


 全校生徒は大拍手。ピム先生は横にいる僕を指差した。


「中でも、エースリートNO1の実力を誇るレイジ・ターゼット君は、あの巨漢、ボーラス・ダイラント選手を一撃で倒してしまったのだ!」


 また大拍手。僕は頭をかいた。


「さあ皆さん、ご一緒に! 万歳三唱! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」


 げええ? ば、万歳三唱? やりすぎじゃないの? 僕はそう思ったが、生徒たちも一緒になって、万歳三唱している。ノリがいいなー、皆。

 僕は恥ずかしくて、顔から火が出そうだった。ケビンとベクターは苦笑いしている。

 一方、僕のセコンドについてくれたアリサといえば、目をうるませている。やがてハンカチを取り出して、涙をふいた。


「お、おい」


 僕は驚いてアリサに聞いた。


「ど、どうしてアリサが泣いているんだよ」

「だって……。レイジ、頑張ったもん。あたし、誇らしくて……」


 まいったなあ、本当に。生徒たちは、僕たちに声援を送ってくれている。ピム先生は拍手や万歳を手でおさめ、言った。


「さて、ドルゼック学院を打倒した記念だ。我々は何と、『宮廷保養訓練施設』に、二週間宿泊できることになった!」


 ドオオオオッ


 今日、最も強い、生徒のどよめきが起きた。整列した生徒たちの声が聞こえてくる。


「マジかよ……『宮廷保養訓練施設』といえば、超豪華な王立の保養施設だぜ」

「ああ。温泉、遊園地、プール、遊び場……。すごい施設が何でもあるって聞くぜ」

「すげえ、すげえよ!」


 生徒指導長の言葉に、僕も驚いた。「宮廷保養訓練施設」は、グラントール王国国王の護衛隊、「宮廷護衛隊」のための保養、訓練施設だ。すさまじいお金がかけられた豪華な宿泊施設で、一般人は立ち入ることすらできない。

 しかし今回、どうやら特別に許可が出たらしい。


 すると、僕の横に立っていたケビンが首を傾げながらつぶやいた。


「でも、何で急に、そんなすげぇ場所に宿泊できることになったんだ?」

「事情を推理すればだな」


 ベクターが眼鏡を擦り上げながら言った。


「エースリートは六年前から、ずっとドルゼックに負け越していた。今回の勝利を観戦したエースリートの後援会の老人連中が、それはもう喜んだらしい。エースリートの後援会が、僕たち生徒をねぎらおうと、宮廷にかけあったんだと思う。なぜ宮廷がOKを出してくれたのかは、知らんが」


 僕はため息をついた。それにしても、こんなに大騒ぎになるとは。ちょっと恥ずかしい。

 整列したクラスメートから、僕たちに声がかかる。


「レイジー! お前らは学園の英雄だ!」

「二月の、グラントール学生大会の個人戦も頼むぞ!」


 そ、そうだった。学生大会の個人戦が、来年二月にある。エースリート学院は、今年の十二月の冬期団体戦は出場しないことになったから、個人戦に集中しているんだった。はああ……。プレッシャーかかるなあ。

 あれ? ところでルイーズ学院長がどこに行ったんだ? 姿が見えないようだけど。


 しかしその時ちょうど、このエースリート学院がとんでもない事態に陥っていることを、僕は知らなかった……。

 

 ◇ ◇ ◇


 その頃、ルイーズ学院長は、「宮廷直属バルフェス学院」の前にいた。目の前にそびえるのは、七階建ての巨大な校舎だ。校舎の横には、とてつもなく広い体育館がある。その横にはバルフェス学院が勝ちとった賞状や盾、トロフィーを展示してある博物館もある。


「まったく……何から何まで、エースリートとは比べ物にならないくらい豪華ね」


 ルイーズ学院長はため息をつきながら、校舎の玄関に入った。

 生徒数はたった三百人。しかし、その生徒一人一人に、大人の指導者がつく。

 まさに「宮廷護衛隊」を目指す学生のための魔導体術のエリート養成学校だ。


 ルイーズ学院長は、一階の会議室に入った。

 机の前に、体のでかい中年の男と、白いローブを羽織った十六、七歳くらいの目の鋭い、賢そうな少年が座っていた。


 中年男は、髪形をオールバックにした筋骨隆々の男。身長は192~193センチ、体重は88キロ前後あるだろう。


「久しぶりね、デルゲス」


 ルイーズ学院長は、彼の手前に座った。この中年男こそ、第九十代魔導体術まどうたいじゅつ世界大会優勝者、デルゲス・ダイラントだ。ボーラスの父親でもある。

 彼は座っているだけで、すさまじい威圧感がある。

 ルイーズ学院長は聞いた。


「あなた、おとといの学生対抗団体戦には来ていなかったようだけど……。どうしてあなたまで、ここにいるの?」

「俺は、魔導体術まどうたいじゅつ協会の会長として、ここに呼び出された」


 デルゲスは、ルイーズ学院長をにらみつけた。


「ルイーズ、おとといは、恥をかかせてくれたな。俺は仕事で見に行けなかったが、息子が泣いて帰ってきやがったぜ」

「私たちを――エースリートをナメてるからよ、デルゲス。息子は拳に『魔石石膏ませきせっこう』を入れていたようだけど、役に立たなかったようね」

「何?」


 デルゲスが立ち上がろうとした時、隣に座っていた白ローブの少年が、「話し合いをしましょう」と言った。


「ルイーズ学院長、僕は宮廷直属バルデス学院、指導長のディーボ・アルフェウスです。生徒ですが、三ヶ月前、魔導体術指導長に就任しました。よろしく」

「えっ、何ですって?」


 ルイーズ学院長は驚きの表情で、このディーボという少年を見やった。身長は160センチ前後くらい。体重は、58キロから60キロ? レイジと同じくらい小柄。目が鋭い少年だ。

 この少年が、学院の魔導体術まどうたいじゅつ指導長? バルフェスの指導長といったら、副学院長と同じくらいの権限を持つ。魔導体術まどうたいじゅつの指導の全権を担うからだ。しかも、生徒が指導長に就任するなんて、聞いたこともない。


「どういうこと? あなた、生徒じゃないの?」


 ルイーズ学院長は目を丸くして、少年を見た。


「十七歳ですから、バルフェスの生徒ですよ。生徒としては午前中まで。午後からは魔導体術まどうたいじゅつ指導長の仕事をしています」

「は、はあ……」


 ちなみに、エースリート学院の魔導体術指導長は、ルイーズ学院長が兼任している。ディーボは口を開いた。


「僕は、魔導体術まどうたいじゅつに加え、経営学、心理学、運動生理学を三歳の頃から徹底的に学んでいます。魔導体術まどうたいじゅつの生徒の指導方法も、実質、僕の考えで進めているのです」


 ルイーズ学院長は、眉をひそめてデルゲスを見た。


「ディーボの言っていることは本当だ」


 デルゲス・ダイラントは真面目な顔で言った。


「グラントール王国最高の魔導体術まどうたいじゅつ養成学校、バルフェス学院の魔導体術まどうたいじゅつ指導長は、十七歳の少年だったってわけだ。こいつは天才だぜ」


 デルゲスは笑って言った。

 ルイーズ学院長は注意深く、このディーボという少年を見た。


「例えば、指導用の魔導体術まどうたいじゅつの基礎、応用、すべて僕がプログラムを作っています」


 ディーボはすずしい顔で言った。


「生徒の食事に関してもカロリー、脂肪分、すべてチェックして管理。個々の能力は数値化しています」


 恐るべき少年がいたものだ、とルイーズ学院長は思った。


「も、もう分かったわ、ディーボ。さて、今日は、大切なご用があるとか……?」


 ルイーズ学院長は、丁寧に、ディーボに言った。


「宮廷は、私たちエースリートの生徒を、宮廷の保養施設に誘ってくださいました。感謝しているわ。話は、そのことかしら?」

「そんなにのんびりした話ではありません」


 ディーボの目がギラリと光ったようだった。


「魔王が復活するかもしれないのです」

「何ですって?」


 ルイーズ学院長は驚きの表情で、それでいて眉をひそめて、ディーボを見た。

 ディーボは話を続ける。


「もちろん、魔王はまだ復活などしていません。でも、復活するかもしれないと言い出したのは、宮廷の魔導預言者まどうよげんしゃたちです。まだ国民には極秘事項。あなたも周囲に漏らさないようにしてください」


 魔王が復活するかもしれない。この言葉は、グラントール国民、いや全世界の人間に恐怖を与えることだろう。魔王と人類の争いの伝説は以下のように伝わっている。

 二千年前に、魔導体術まどうたいじゅつを体得した「勇者」が「東の果ての国」の不死鳥山ふしちょうさんで魔王と対決。激闘の結果、魔王を封印した。

 それ以来、魔王は不死鳥山ふしちょうさんに封印されて眠っていると聞く。


 この話は、グラントール国民にとって伝説なのか事実なのか、あいまいなところだ。ルイーズ学院長にとってもそうだった。


 すると、デルゲスが腕組みをしながら口を開いた。


「最近、草原を徘徊する魔物が増えているのも、魔王復活の可能性に関係があるのだろう」

「預言者たちは、なぜ『魔王が復活する』などと言い出したの?」

不死鳥山ふしちょうさんの封印石にヒビが入っていたそうだ。この二千年間で初めてのことらしい」


 デルゲスの口調はふざけていない。息子のボーラスはバカ同然の少年だが、この男は体格に似合わず、頭が切れる。

 今度はディーボ・アルフェウス少年が口を開いた。


「ルイーズ学院長、魔導体術まどうたいじゅつは何のためにあるのか、魔導体術まどうたいじゅつの養成学校は何のためにあるのか、分かりますか?」

「……少年少女、国民の心身の育成のため……じゃないかしら」

「綺麗ごとを言っては困りますよ、ルイーズ学院長」


 ディーボは挑むような口調で言った。


「あなたはわかっているはずです。魔導体術まどうたいじゅつについて、一般に極秘にされていることを言ってみてください」

「そ、それは」


 ルイーズ学院長は、くっ、と息をついた。


「ま、魔導体術まどうたいじゅつは、魔物との戦争のため……有事のための格闘術……」


 ルイーズ学院長の言葉に、ディーボはニヤリと笑った。

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