第16話 レイジVSボーラス①

 エースリート学院とドルゼック学院の団体戦が始まった。


「闘う時が来たな……」


 僕は気を引き締めた。


 第一試合は、ケビン・ザークVSジェイニー・トリア。

 男子、女子の対決は、魔導体術まどうたいじゅつの試合では珍しくない。(この試合は男女の対戦試合であり、「顔への攻撃」「寝技」は禁止)特にエルフ族のジェイニーは魔法の力が強く、力だけの男子よりも強い。

 五分十五秒、ジェイニーの見事な中段回し蹴りが決まった。魔力が入った、鋭い威力の蹴りだった。ケビンのKO負け。

 相手のドルゼック学院は、KO勝ちで、勝ち点三取得。


「ちくしょう! 修業が足りなかったぜ!」


 ケビンはリングを降りて、悔しそうに叫んだ。


 第二試合は、ベクター・ザイロスVSマーク・エルディン。

 手数の多いベクターの判定勝ち。やはりベクターは蹴り技が良かった。

 判定勝ちだから、僕らは勝ち点一取得。


「ふむ、まあまあの出来だったが、倒せなかったことは大いに反省だ」


 控え室に戻ってきたベクターは、満足していないようだ。


 そして第三試合……つまり最後の試合は僕とボーラスの試合だ。僕がボーラスにKO勝ちで勝たないと、僕らエースリート学院は負ける。勝ち点を見ると、三対一で負けているからだ。


 僕は体育館の廊下で、アリサに体術たいじゅつグローブ(指の部分がないグローブ。魔導体術の試合では、必ず着用する)をつけてもらった。アリサは僕のセコンドについてくれる。

 彼女はいつもの「おまじない」をグローブにかけてくれた。僕のグローブの拳の部分を、ぽんぽん、と叩く。


「レイジ、勝ち点のことは気にしないで」

「ええ?」


 僕は困惑した。団体戦の大将として、とてもプレッシャーを感じている。

 アリサはニコッと笑って、それでいて真剣に言った。


「勝ち負けは重要じゃないよ」


 アリサの言葉に、僕は驚いていた。

 アリサは僕の目を見て言った。


「レイジがボーラスと勇気を出して戦う。そのことが大事なんだよ」


 アリサは僕がボーラスにいじめられていたことを知っている。殴られ、ボーラスたちドルゼックの英雄メンバーから追放され、ドルゼック学院を退学になったことを知っている。


「レイジ、君がボーラスとの試合にチャレンジするの、ちゃんと見てるから。あたし、リング下で君の闘いぶり、見てるからさ……」


 アリサは言った。そうだったな。チャレンジすることが大事だった。



 ついに試合時間がきた。


 僕はアリサと一緒に、歓声がわきおこっている試合場の花道を通った。

 僕は一層強くなる歓声の中、試合用リングに上がった。すでにボーラスはリング上で待っていた。

 相変わらずの巨体。威圧感がすごい。

 痩せている僕との体重差は、二倍弱くらいあるだろう。

 ボーラスは、ジェイニーとマークをセコンドにつけている。


「レイジ、お前、正気か? 本当にやる気なのかよ?」


 ボーラスはリング上の僕を見て、半ば呆れたように笑って言った。しかし僕は胸を張った。弱音は吐かない。少なくとも、リング上では……。


「そうだ、ボーラス、君と闘う気だ」

「お前、本当にバカな野郎だな。俺に歯向かうとはよ。おい、リングから逃げ出すなら今のうちだぜ」

「僕は逃げないぞ」

「この野郎……お前に、一体何があったんだ? 不思議でしょうがねえよ。まあ、人間はそう簡単に変わらねえ。弱い野郎は、一生弱いんだからな!」


 闘いの始まりを示すゴングが鳴った。


 ボーラスは笑いながら、近づいてくる。


「地獄へ行けや!」


 ボーラスはワンツー・パンチを放ってきた。速い! やはりボーラスはパンチの名手だ。僕は右手で二発を払った。

 続けてボーラスの右フック。

 彼は急所のこめかみを狙ってくる。僕は防御した。よし、問題はない。パンチは重いが……。


 ん?


 おかしいぞ。

 この痛み!


 腕がジンジンしびれる。試合には問題はない。僕はボーラスをじっと見た。

 へえ……なるほど、そういうことか。


 僕はボーラスをにらみつけた。

 ボーラスの体術たいじゅつグローブの拳部分が、不自然に盛り上がっている。よく見ると、彼のグローブには、少量の粉がついている!


「まさかグローブに何か入れているのか? ボーラス」


 僕はピンときて言った。するとボーラスはグヒヒッ、と笑った。


「はあ? 知らねえよ。何言ってんだ? おめえは」


 まさか、これは魔石石膏ませきせっこうか? 彼はグローブの拳部分に、粉末状の魔石石膏ませきせっこうを水で溶き、流し込んでいる? 魔石石膏ませきせっこうは錬金術で生み出された物質。水で溶いた魔石石膏ませきせっこうは十分ですぐ固まるが、石のような硬さになる。


(まさか、そんな……。いや、ボーラスならやりかねない!)


 魔石石膏ませきせっこう入り体術グローブのインチキは昔、雑誌で読んだことがある。負けを恐れた魔導体術まどうたいじゅつの達人が、公式試合の際に行ったインチキと同じ方法だ。

 もし、それをやっているなら、ボーラスの拳部分には、今現在、石が入っているのと同じことだ! しかし、証拠がない……。


「ボーラス、魔石石膏ませきせっこうか?」


 僕が思わず聞くと、ボーラスは何も言わず、ただ黙ってニヤニヤ笑って構えているだけだ。


 ん? リング下には、見覚えのあるドルゼック学院の下級生が二人いる。


「おらーっ! よそ見してんじゃねえーっ!」


 ボーラスは叫ぶ。そして彼は素早く、右ジャブ、左ジャブ、そして左ストレート。さすがにパンチは素早い!

 僕はそれを手で払う。


 くっ、僕の手の平が不自然にジンジン痛む。手の平でボーラスのパンチを受けたからだ。ボーラスの体術グローブが異様に硬い。間違いない、ボーラスはやっている!


(そうか! あの時!)


 ボーラスのヤツ、体育館ロビーで僕との試合が分かった時、ドルゼック学院の下級生に何か指示していたな。あの時、魔石石膏ませきせっこうを用意させていたのか。

 ボーラス、恐ろしいことを……君はとんでもないインチキをしでかした!


「ようし、分かったよ、ボーラス」


 僕はニヤリと笑ってつぶやいた。


「うっ……」


 ボーラスは焦ったようにうなった。少し危険を感じたのか、一歩後ずさる。彼は冷や汗をかいていた。彼は僕が、ドルゼック学院にいた時の僕ではないと、感じ始めているのだろう。


 僕はこの試合──必ず勝たなくてはならない! しかもKOでだ!

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