第10話 ボーラスたちの特訓②

 ボーラスたちは、グラントール王国北部、ライドー山の中腹でキャンプをしていた。エースリート学院との公式試合に備えて、山で特訓をするためだ。ちなみにボーラスたちは、レイジがエースリート学院の三位を倒してしまったことを、知るよしもなかった。


 ボーラス、ジェイニー、マーク、新人のアルザーたちは、まず昼食、腹ごしらえをすることにした。屋外で、自然に囲まれながらの食事だ。

 四人は専属シェフの焼いた肉を、食べ始めた。脂肪がたっぷりついている肉を、腹一杯。

 彼らはすっかり忘れていた。試合前や練習前に、レイジが脂肪分を抜いた、果物類のエネルギー食を作ってくれていたことを。ボーラスたちはきっと、この後の練習中や練習後、体が重くて仕方なく感じるだろう。


 さて、腹ごしらえが終わると、ミット打ちの練習をすることになった。パンチングミットを持つ係は、もちろん新人練習パートナーの狼系獣人族じゅうじんぞく、アルザー・ライオ。

 ボーラスはアルザーに言った。


「ようし、ミット打ちを開始するぞ。まずはパンチだ。アルザー、いいか?」

「いや、ちょっと待ってくれ。……慣れてないんでな」


 アルザーはパンチングミットを両腕につけるのに、手間取てまどっているようだ。ボーラスはイライラしたが、新人練習パートナーを怒鳴りつけるわけにはいかないので、黙っていた。


「ああ、これでよし」


 アルザーは立ち上がって、ボーラスの方を向いた。


「ようし! いくぞ、アルザー」


 ボーラスは渾身こんしんの右フックを、アルザーのミットに叩き込む。


 ボフン!


 今度は左ストレート!

 

 ベフン!


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 ボーラスはあわてて、アルザーに言った。


「おい、ミットの音が変じゃないか? もっと、バシン! とか、バーンとか、良い音が出るもんだろう?」

「え? そんなもんか? よくわからんが」

「頼むよ、アルザー。試合が近いんだからさ。じゃ……じゃあ続ける」


 ボーラスの右ボディーブロー! ボーラスのパンチが、アルザーのパンチングミットに飛び込む。


 ボヒッ


「……おいおいおい! やっぱり音が変だって。豚の鳴き声かよ!」


 ボーラスが文句を言うと、プライドの高い獣人族じゅうじんぞくのアルザーは、不満顔で言葉を返した。


「俺のせいだってのか?」

「え? そ、そうじゃねえけど、ミットはパンチが当たった瞬間、少し前に出すんだ。グッと。良い音がしないと、俺らも気持ちよく打てた気がしねえんだよ」

「そうなのか」


 アルザーは首を傾げている。後ろでは、二人のやり取りを、ジェイニーとマークーが見ていた。


「大丈夫? あのアルザーってヤツ……」


 ジェイニーが眉をひそめた。マークもうなずく。


「変な感じッスね」

「そういえば、レイジがミット持ちをしてくれていた時なら、パーンとか、バシンとか、良い音が出ていたわ」

「そ、そうだったッスか?」

「ミットとパンチが当たる瞬間に、ミットを前に突き出さないとダメなのよ。レイジはその点、うまくやってた」

「ま、まあ、確かに」


 今度はボーラスの右フック!


 パンッ!


 今度は良い音がした。しかし、アルザーは何も言わない。黙って、次のボーラスのパンチを待っている。


「いやいや、アルザーさあ」


 ボーラスはイライラしながら言った。


「パンチ、どんな感じか言ってくれよ」

「ああ? どんな感じ?」


 アルザーは首を傾げた。


「普通のパンチじゃねえのか?」

「いや、そうじゃなくて……」


 ボーラスは何とか説明しようとしているが、伝わらない。後ろで見ていたマークは、ジェイニーに言った。


「あそこは、『いいね!』『良いパンチだ』とか、褒めるべきだと思うッス」

「ええ、そうね」

「パンチを打っている側が、気持ちよく打てないと、こっちもやる気でないスから」

「……レイジなら、褒めてくれてたわ」

「え? そ、そうッスね」

「よし、じゃあ、今度は私よ!」


 ボーラスが今にも怒鳴り散らしそうな雰囲気を見てとったジェイニーが、アルザーに言った。


「今度は、私が得意の蹴りをするから。中段前蹴り。ミットを腹の辺りに構えて。当たった瞬間に、ミットを前に突き出してちょうだい」

「え、ああ」


 アルザーは、代わりにキック用ミットを腕につけた。何だかやりにくそうだ。

 一方、ジェイニーも何だか体の重さを感じていた。さっき、脂肪分やっぷりの焼肉を食べたからだ。もしレイジだったら、果物などのエネルギー食を作ってくるだろう。エネルギー食を食べていないから、エネルギーが効率よく消費されず、体が重く感じるのだ。


「ハッ!」


 ジェイニーが得意の、前蹴りを突き出す。


 パフッ


 あんまり良くない音だ。ジェイニーは、再び前蹴り。ライザーはあわてて、キック用ミットを前に突き出す。


 グキッ


「ん?」


 ボーラスとマークはジェイニーを見た。変な音が……。ジェイニーはすっ転んでいる。


「だ、大丈夫か!」


 ボーラスたちはジェイニーのそばに近寄った。ジェイニーは足首を押さえて、苦悶くもんの表情を浮かべている。


「あ、あいたた……足首をひねったわ。蹴りが当たる瞬間に、キックミットを強く、前に突き出されたからよ」


 するとアルザーは舌打ちした。


「あんたらがそうやれって、言ったんじゃねえか。蹴りもパンチも下手くそなんじゃねえのか、あんたら。さっきから俺のせいばかりにしやがって」

「て、てめえ」


 ボーラスはアルザーに詰め寄った。


「メンバーに怪我させやがって! どういうつもりなんだ」

「知らねえよ! 俺は言われた通りやっただけだ!」


 アルザーは腕に付けたミットを外して、地面に叩きつけた。


「あー、やる気なくしたぜ。来るんじゃなかった」


 それを見ていたマークが、ボーラスに言った。


「レイジ先輩なら、あんな風に口答えみたいなこと、しませんでしたよね」

「ま、まあな。あいつはおとなしいからな」

「それにレイジ先輩のミット持ちで、怪我なんて一回も起こしたことはないッス」


 するとジェイニーは足首をさすりながら口を開いた。アルザーは向こうの方で、ふてくされている。


「レイジのヤツ、呼び戻せないの?」

「ああ?」


 ボーラスは、ジェイニーのいきなりの発言の困惑気味だ。


「だってさ、レイジの方がミット持ち、うまいじゃん。これじゃあ練習にならないわよ。戻ってきてもらえないわけ?」

「そ、そんなことできるわけねーだろ」


 ボーラスはフン、と鼻で息をしながら言った。


「あいつを退学……追放させちまったんだからな。まあ、気にするんじゃねえよ。ミット持ちくらい、代わりはいくらでもいる。レイジなんて弱い野郎は、俺らのメンバーにいらねえんだ」

「そ、そッスよね!」


 マークは幾分、気持ちを取り戻したようだ。


「弱い野郎は、メンバーを追い出して正解。ボーラス先輩は正しいッス」

「だろ?」


 ボーラスは胸を張った。向こうではアルザーが、まだふてくされて、山の方を見ている。一方、ジェイニーは、足首を押さえてまだ痛がっている。

 練習にはなりそうもない。


「ったく、つかえねーヤツらだな」


 ボーラスはチッと舌打ちして、小声でつぶやいた。


「まあ、ミット持ちは、別のヤツを親父に探してもらえばいいよ」

「デルゲス・ダイラント学院長なら、すぐに探してくれるっス!」


 マークはボーラスの言うことにうなずいた。自分もいつか、「つかえねー」と言われるのではないかと、ちょっと恐ろしくなったが。


 さあ、一週間後はあのエースリート学院との公式試合だ。そのエースリート学院のメンバーに、あの弱かったはずのレイジが、メンバー入りしそうなのを、ボーラスたちはまだ知らない。

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