第11話 また試合だよ!

 僕、レイジ・ターゼットはケビン・ザークに勝った。ケビンとの試合後の午後は、普通の学生らしく授業を受けた。エスリート学院の四年B組(エースリート学院は十二歳から入学できるので、十六歳のレイジは四年生)で授業を受け、休み時間にはクラスメートたちから質問攻めにあった。


「レイジ、どうしてそんなに強いんだ?」

「強さの秘密を教えてくれよ」


 でも、僕は何も答えることはできなかった。僕自身も、なぜケビンに勝てたのか、分からなかったからだ。学院長室に行く暇もなく、僕は疲れ切って、帰って寝た。


 ◇ ◇ ◇


 ケビンに勝った翌日の朝、エースリート学院の学長室に急いだ。

 僕は学長室をノックもせずに開けた。ルイーズ学院長は、相変わらず学院長室――に見せかけた自分の道場の真ん中で、あぐらをかいて瞑想めいそうしている。


「学院長! 一体、あの『秘密の部屋』は何なんです? どうして僕は強くなったんですか?」


 僕は開口一番、学院長に詰め寄った。


「学院長なら、何か知っているんでしょう?」


 ルイーズ学院長は目を開け、言った。


「今、言えることは、あなたが『スキル』というものを手に入れたから、強くなった。それしか言うことができません」

「じゃあ、サーガ族って何なんですか? 僕の父はサーガ族だったのですか? それとも……」

「あなたはそれを知ると、闘いに集中できそうになさそうね。しかし、一つだけヒントをお話しましょう。サーガ族は、『東の果ての国』から来た民族です。あなたが黒髪で瞳が黒いのは、その血を受け継いでいるからでしょう」


「東の果ての国」か。その国は、正式名称がない。魔導体術まどうたいじゅつ発祥はっしょうの地であり、魔導体術まどうたいじゅつの達人たちが住んでいる場所のはずだ。そして、魔導体術まどうたいじゅつの本拠地があると聞く。でも、謎に包まれた国で、情報がまったく入ってこない。

 僕はひそかに、その地――「東の果ての国」にあこがれていた。僕の先祖が、「東の果ての国」の民族だって? にわかには信じられないが……。


「いつか、『東の果ての国』に行く機会があるかもしれません。しかし今は、『秘密の部屋』のことやサーガ族のことを考えている暇はないはずです。あなたは次々と闘うことになる」


 僕はギクリとして、あぐらをかいて座っている学院長から、一歩後退した。


「ぼ、僕が次々と闘う?」

「あなたの強さを見たら、誰だって、あなたと闘ってみたいという者が次々と現れれるでしょう。現に、次の挑戦者が、あなたを狙っているのではないですか?」

「じょ、冗談じゃない。僕は闘うことは苦手なんですよ」

「でもあなたは今、無料でエースリート学院に入学しているのよ。その代わり、私はあなたの闘いを見たい。闘ってくれるわね?」


 そ、そうだった。僕は無料でエースリート学院に入学している身だった。ルイーズ学院長はニヤリと笑う。こ、この人……意外と策士さくしだな。

 その時!


『こちらは放送部です。レイジ・ターゼット君、至急、試合場コロシアムの試合用リング上まで来てください。繰り返します、レイジ・ターゼット君……」


 ルイーズ学院長は首を傾げた。


「何かしら? あなたの試合? 私はまだ聞いてないけど」

「試合だなんて! 昨日やったばかりじゃないですか!」


 僕はあわてて叫んだ。


「面白そう!」


 ルイーズ学院長はうきうき顔で立ち上がった。


「あなたの試合が、またれるのね。早く行きましょう」


 この人……楽しんでる! 僕はめまいを感じた。


 ◇ ◇ ◇


「きゃああああ~! レイジ君よ! ケビンを倒したレイジ君よ~!」

「かっこいい!」

「手を振ってぇ!」


 屋外試合場コロシアムまで行き、僕が花道を通ると、女の子たちの黄色い歓声がわきおこった。し、信じられない。女の子たちが僕に歓声を送ってくれているなんて?

「弱い」とか「キモい」とか罵声ばせいは浴びせられたことはあるけど。


 嬉しいけど、何だか恥ずかしい。もう観客席には生徒たちがいっぱいだ。満員だ……。まあ、この学院のランキング三位のケビンを倒してしまったのだから、評判になるのは仕方ない。

 さて、どうやら本当に、誰かと試合をすることになるらしい。憂鬱ゆううつだ……。


「レイジ、待ってたわ! 大変よ」


 リングの外に立って待っていたアリサが声を上げた。


「あなたの今日の相手は、ベクター・ザイロスよ! エースリート学院、ランキング一位! 最強の相手よ」


 僕がリング上を見上げると、眼鏡をかけた、真面目そうな少年が立っていた。彼は、ロープに近づき、僕を上から見下ろした。

 耳が長い。動きが素早く、魔法打撃が得意なエルフ族だ! そういえば、ドルゼック学院のジェイニー・トリアもエルフ族だったな。あんまり思い出したくないけど。


「君が、レイジ・ターゼット君かい?」


 ベクターという少年は、眼鏡をクイッとり上げた。


「信じられない。計算ではありえない」

「な、何がですか?」

「君のような小さい体格の者が、あの強者つわものケビンに勝つということが、だよ。僕の計算では、99%、ありえないね。さあ、着替えてきなよ。僕と勝負だ」


 くそ、やっぱり試合をしなきゃならないのか!

 僕は観客席後ろの簡易更衣室に入って着替えた。着替えて更衣室を出ると、アリサは果物――バナネの実を用意してくれていた。


「サラさんが、これを食べろって」


 僕はうなずいて、バナネの実を食べた。試合前にはバナネの実が一番だ。エネルギーの消費効率がもっとも良く、息切れしにくくなる。さすがサラ・ルイーズ学院長だ。そのことをよく知っている。

 食べ終わってから、アリサは僕の手に、体術たいじゅつグローブ(指の部分がないグローブ。魔導体術まどうたいじゅつ試合では、ルール上、必ず着用する)をつけてくれた。そしてグローブのこぶしの部分を、ぽんぽんと叩き、顔を赤らめて言った。


「あのさー……。今日もあたしがセコンドやるから」

「え? ああ」

「あ、あたしは別に、君のセコンドをやってもいいかな、くらいに思っていたんだけど。サラさんが……学院長が頼んできたからさ」

「わ、わかった。ありがとう」


 僕がリングに上がり、ベクターの方を見た。ベクターは眼鏡を外した。眼鏡を受け取ったのは、ケビンだ。――ケビンは昨日とうってかわって、人の良いおじいちゃんのような顔になっている。ま、まさか、僕に負けたから、あんな顔になっちゃったのか!


「データを見るとね」


 ベクターは指を振り上げ、魔法の情報板を、空中に浮かび上がらせた。エルフ族は、不思議な魔法を使えるらしい。魔法の情報板には、こう書かれてあった。


『レイジ・ターゼット 

 身長156センチ 体重58キロ


 ベクター・ザイロス

 身長175センチ 体重69キロ』


「この数値を見てもね……。僕は魔導体術家まどうたいじゅつかとしては中量級だが、君と比べると、あまりにも体格の違いがありすぎる。十キロ以上の体重差は、とてつもないハンデだ。よって、この試合、僕の勝ちはうごかない」

「で、でも、僕がケビンを倒したのは見たんだろう?」


 僕は思い切って言ってみた。彼はフフッと笑った。


「見たよ。だから変だ、と言っている。君がケビンに勝つことは、僕の計算では絶対にありえないことなんだ。体重と筋肉量から正確に算出しているから。レイジ君、何かトリックがあるなら、言ってほしいけどね」

「トリックなんてないぞ!」

「ま、父も君を叩きのめせ、と言っていたからなあ。そうさせてもらうよ」

「父?」

「僕の父親は、ドーソン・ルーゼント。君の叔父だよ」


 な、何だとっ! ま、まさか、そんな!

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