2020.1.7
ボクたちは、ボクたち
思考を止めるな、歩みを辞めるな。散々言っていたくせに、
自然とため息が溢れて、目の前の影に気づくのが遅れた。
「おい、
「あ、新年早々のにゃーやまだ。ハッピーニャーイヤー」
あだ名をもじって言ってやれば睨まれた。センチメンタルな陽向くんを優しく扱ってほしい。何か用かと同じく睨んでやれば、少し周りを気にしているようで、静かに声を潜められた。
「……お前ら、いろいろライブ蹴ってるらしいじゃねえか。プロ意識の陽向さんが、どうしたんですかぁ?」
わかりやすい煽りだ。こっちにも事情があるの。放っておいてよ。
「あと、新年早々お前の顔が鬱陶しい」
ため息を見られていたのかな。誤魔化してやれば、ふうんと訝しんだ顔。なんだかボクのことを見透かされているみたいでムカついた。だから、八つ当たりに使ってやる。
「……あのさ、友達の話なんだけど」
「ほう、友達ときたか。ありがちだな」
「うっさ! 黙って聞きなよねぇ!」
こいつの考えていることはなんとなくわかるのに。どうしてボクは、あんなにそばにいた二人のことはわからないんだろう。
「あのね、友達がね、大好きな人の気持ちがわからないんだって。ずっと一緒にいるのに、悲しいのか、何なのかわからないの」
「ほーん…… それはお前に対する気持ちじゃねえんだな?」
「うん…… ボクにくらい、本当のこと言ってくれたらいいのに。大好きだからこそわかんないのかなあ、ボクは別に、かっこいいから好きなだけじゃあないのに」
「ふーん……。……まあ、距離が近いとわかんなくなるとかって聞くしな。少し離れるか、いっそのことわかんねーから教えろって言うのもありなんじゃねーか?」
「聞いても教えてくれないときはどうしたらいいの。蚊帳の外になっちゃったときは、どうしたらいいの。離れるしか、ないのかなあ……」
にゃーやまの言葉はもっともで、でもそんなこと、ボクがしたくない。だって、離れちゃったらもう、ボクは、みんなのことわからないまま、みーくんのことも白鶯のことも、何も知らないままだから。悔しさが思い出されて、鼻がツンとする。
「おいおい、いつもの強気はどこ行ったんだよ? 俺ならもう少し粘って聞き出そうとするけど、それもダメなら信じて待つのが一番じゃね? それとも、その大好きな奴のことを信じられないのか?」
「信じてるに決まってるじゃん! 信じてる…… けど、ボクに嘘つくんだもん。ボクの知らないところで、ボクを巻き込んでくれない。信じてるからこそ、怖くなるよ」
みーくんも、白鶯も、ボクには何も言ってくれない。ボクは二人を否定なんてしないのに。
「信じてほしいから、信じてくれてるから何も言わないんじゃねーの、そいつも」
「!」
二人が、ボクを?
「仮にそいつと同じ立場になったとして、お前はそいつに全部話すか? 気持ちを悟らせるか?」
ボクは言わない。心配させたくないから。心配してほしいときは言うけど。でも、特にみーくんには可愛いボクを見てほしいし。そういうこと、なんだ。
「……にゃーやまのくせに」
ううん、わかってる、わかってた。いつもボクの言葉が届いてるのかなって不安にばっかり駆られてて。いつだってボクの一番なのに、ボクは一番になれなくて。
「うん、でも、でもそうじゃないんだよね。だってみーくん言ってたもん。『三人で一緒に』って、言ってたもん。それはちゃんとボクのことも見てくれてて、考えてくれてて、なのに……」
「おいおい、まだウジウジすんのか?」
「ううん! おしまい! なんかすっきりしたし、見えた気がする。ありがとにゃーや……はっ! い、今の、ボクの話じゃないからね!?」
「遅ぇよ」
にゃーやまのせいで。ううん、にゃーやまのおかげで、二人との距離がちょっと縮んだ気がした。みーくんも、白鶯も、ボクと一緒なんだ。だったら、ちゃんとボクの本当のことを言わなきゃ。一緒にこれからも、ボクたちは──
そのとき、教室の扉が開いた。白鶯だ。一瞬だけ目が合ったけど、すぐに逸らされた。
ボクはみーくんみたいに飲み込まない。ボクはお兄さんだから。ボクが言ってやらなきゃ。もう、蚊帳の外にはさせない。
「おい、移籍ってどういうことだよ」
にゃーやまが顔をぎょっとひそめていた。にゃーやまだけじゃない、周りの生徒たちも。こんなところで言うなんてまずかったかもしれない。でも、ここじゃあないと、こいつは逃げてしまう。
「無視すんな。答えろよ」
「ピーピー騒ぐな、うっとうしい。どうもこうもねえよ。そのまんまの意味だろうが」
「まずはボクたちに相談してくれてもよかったんじゃないの」
「てめえらに言って何になんだよ」
「三年間一緒に走ってきたんだよ、ボクたちは。それなのに、知らないところで急になんて。信じらんない」
「三年一緒だったからこそだろうが」
白鶯は目を合わせない。目を伏せて、かったるそうに、時折ケータイを確認していた。冷静に話そうと思ってたのに、ボクもいつのまにかこいつの短気に当てられている。
「おい、こっち見て話せよ」
「ガキの顔なんざ見たくねえ」
「お前……!」
胸ぐらを掴みあげれば、悲鳴が上がった。人が集まってきている。にゃーやまがボクの肩を抑えた。
「はっ。このあいだまでみーくんみーくんって泣いてたくせに、なんだ? おい
突然の苗字呼び。歩み寄りたかったのに。完全に、もう、ボクたちを切り離している。むざむざと、突きつけてくる。
「鷺山だってそうだ。あいつは俺を追い掛けてしかいねえ。あいつの意思はなんにも無え。てめえらは無い無い尽くしなんだよ。思考を停止すんな、散々言ってきただろうが」
「みーくんのことまでバカにするな! エゴだなんだって、お前のほうがそうじゃんか! みーくんは、お前のためを思って──」
「あーもう、うるせえ。俺は俺で高みを目指す。せいぜい俺がいなくなって野垂れ死にしねえようにな」
安い挑発だなんてこと、わかってた。こいつと軽口を利くのは今までもう何百回もやってきた。でも、だからこそ、最後までボクのほうを見ずに腕を振り払って、離れていくあいつが許せなくて。
「絶対、絶対超えてやる──お前が泣いて後悔するくらい、ボクらは上にのし上がってやるからな、白鶯
去り際のあいつは、笑っているようにも見えた。
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