2020.1.2

 年越しライブにも参加しなかった。どんどん、MesseRメッセとしての仕事がなくなっている。クリスマスから学校も休みに入ってしまったし、白鶯はくおうと会うことはまったくなかった。真っ白な雪を眺めながらの寝正月。せっかくライブに合わせて新調したネイルも、お披露目の機会が無い。

『ヒナ、今出てこられる?』

 新年の挨拶も無しに、みーくんから呼び出された。みーくんに会えるのは嬉しい、でも、心臓が痛かった。

「電話じゃ、だめ?」

『うん。直接話したい』

「……………………………わかった」

 みーくんが指定してきたのは、みーくんの家だった。お呼ばれするのは初めてで、変にドキドキするのは心臓の具合が悪いから。これが素敵なお話だったらよかったのに。

「みーくん、ひとり暮らしなんだ」

「うん。高校入学と同時にね。言ってなかったっけ」

「言ってない……」

 これも白鶯は知ってたのかな、そう思ったら苦しくて。背の高いダイニング型コタツの椅子は二脚。向かい合うように座れば、みーくんは小さな写真を見せてきた。

「この人に、会ったことある?」

 まるで事情聴取みたいだった。したいのは、ボクなのに。ちら、と見れば、どこかで見た顔。たしかあの名前を知らないアイドルだ。

「……会った、っていうか、あの日に事務所の前で、見た」

「話はしてない?」

「してない…… ねえ、これが何」

「うん。説明するね」

 みーくんは弱々しく笑ってた。なんとなく、頑張っていつも通りを装おうとしてるのかなって思った。ボクが、不貞腐れているのがバカみたいに。

「あのね、怒らずに、聞いてほしい」

 そんなのわかんないよ。でも、これ以上何を言われても、ボクの頭は色を変えないだろうとも感じた。けど、

「この男に、シキが引き抜かれた」

 思わず立ち上がって、コタツの熱に膝をぶつけた。引き抜かれた? え? じゃあ、今までのって──

「俺は、それを止めたかった」

「なに……それ。いつ? いつの話なの?」

「11月の終わり頃。シキが練習にあまり来なくなったでしょ。この男と、話に行ってたみたい」

「聞いてない!」

「うん。隠れてやってたみたい」

「そんな、なんで」

 だからみーくんは必死に白鶯を引き止めてて、ボクよりも白鶯に掛かりっきりで。それをボクは勘違いして。

「クリスマスの前日、最後の意思確認であの男が事務所に来たんだ。たまたま俺が見張ってたから、シキの返答をうやむやにできたと思った」

 けど、ボクが乱入したから、白鶯はみーくんの手を逃れて。

「ご、めん……みーくん、ボク、ボクのせい……っ」

「ううん。ごめんね、ヒナ。俺は、周りが見えていなかったみたい」

 みーくんはボクを巻き込まないようにしてくれたんだ。それなのに、ボクは自分から火鉢に飛び込んでいって。勝手に傷付いて。

「それに、シキも言っていたけど、俺もエゴを押し付けていたんだ。三人でMesseRを続けていたかったから。でも、シキはそうじゃあなくて、シキにはシキの目標があって。それを妨げていたんだって、思ったよ」

「違うよ! みーくんは、みーくんはボクたちのことを考えて、たくさん悩んで、ボクたちをつなぎ止めてくれたんじゃん!」

 みーくんは静かに、困ったように笑った。

「ううん。俺のエゴだよ。俺は、シキとヒナと、幸せでいたかっただけ。ふたりが笑ってるほうが、もっと幸せなのに」

 そんなの、ボクだって。そう言おうとしたけど、みーくんの笑顔があまりに弱々しくて、何も言えなかった。

「それで、ね。急なことだったし、事務所も変わっちゃうから、シキの移籍は年度が変わるまで待ってほしいって、社長が」

「……」

「だから、4月までは三人で活動することになる。ただ、シキは新しいユニットと兼任で」

「は……」

「たぶん、シキのメインはそっちになるんじゃあないかな」

「なにそれ。ほんと、なんなの、それ……」

「ひとまずは俺とヒナ、基本的にふたりで活動することになるけど、いいかな」

 そんなの、頷くしかない。何も言わず、ただみーくんを見つめて、もうこれ以上、不安なんて見せたくなくて。

「でも、さ…… そいつ、なんなの。既にユニット組んでる、しかもリーダーやってるやつを、なんで引き抜きなんて」

 改めて写真に向き直る。緑の瞳がやけに目を引いて。すました笑みに苛立ってくる。

「ヒナ、スケルトンって知ってる?」

 みーくんの声が小さくなった。誰かに聞かれたくないみたいに。

「クロスワードとかの、じゃあないよね。なんだっけ、聞いたことあるかも」

「ちょっと前に、うちの事務所でも話題になったと思うよ。ジュニアの子だったかな。大柄のハーフの子で」

「ああ、イイ感じに売れそうだったのに、急に路線変更して企画干された子? あれがスケルトン?」

「ううん。その子の最初のプランニングをしていたのが、スケルトンらしい」

 詳しくは知らないけど、本人のもともとのキャラ性を度外視してワイルド路線で売り出されていたらしい。それに耐えきれなくなって、長く続かなかったって。

「もしかして、それが……こいつ?」

「うん。他にもこの男が噛んで売り出された子は複数いるんだ。どの子も、もともとの個性が消されているみたい」

「なにそれ、気分悪いじゃん」

「だからね。……ううん、杞憂だと思うんだけど」

 みーくんの声は、いつもの調子だった。でも、視線はずっと写真を見つめていて。

「みーくん。ねえ、今度からはボクにもちゃんと相談してよ。頼りないかもしんない、巻き込まないようにしてくれたのかもしんない。でも、優しくて、嬉しいけど、ボクは一応、年上のおにーさんだし」

「ごめんね」

「なによりボクは、みーくんの味方なんだからね」

「うん」

 ふにゃりと笑うみーくんは、いつもより少し背中が丸かった。ずっとお腹の中に抱え込んでいた。それを今までずっと吐き出さなかった。そんなことに気づけなかったボクは、みーくんの瞳に映るボクの顔は、眉毛が消えて不細工で。こんなボクだからこそ、みーくんをちゃんと支えてあげなくちゃ。それしか、ボクたちには残されてないんだから。

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