2019.10.21

「なんなの、この受け答えは!」

 レッスン室は今日も閉め切られている。反響する声は、クラウスの耳をつんざいた。

「しゃ、喋っちゃダメって──」

「言ってない! あなたのそのおバカな発言をするなって言ったのよ!」

「でも、クラ」

「クラじゃない!」

「お、おれ……」

「でももだってもない!」

 取り付く島がない。クラウスが何を言おうとも、トレーナーのヒステリーは加速していく。

「あのバラエティ、なんのためのものかわかってる? 次代の新星、トップスターを生み出す登竜門。あの番組に出演したアイドルでユニットを組んで、そのシンデレラストーリーをドキュメンタリーにされるのよ。その調子でもつと思ってるの?」

 思い返せば、多様なキャラクター性を持つアイドルが集結していた、とクラウスは思う。しかし、ぼんやりとしか思い出せない。精一杯求められるキャラクターを演じようとした。精一杯、それに精一杯だった。台本のない本番の舞台では、自分が立っている場所から動くことができなかったのだ。

「……はあ、イメージトレーニングが足りないのかしらね。前に渡したプラン書、もう一度目を通しておいて。10分後に戻るから」

 バタン、強く響く音にクラウスの肩が跳ねる。一瞬呆けたあと、慌てて自分の荷物に駆け寄った。プラン、プラン書、先生がクラウスの『ために』書いた、クラウスというアイドルの計画書。

「……クールなまなざし、クールなげんどう、ハーフがゆえ、の、やしん、ワイルドな、そんざいかん」

 至るところに散りばめられた『ハーフ』『ワイルド』『クール』。それだけで、求められている人物像はなんとなく想像ができる。しかし、想像だけだ。

「たち、まわり……は、いっぽひいた、ところ、から……てあしの、うごきはさい、ていげん、に」

 読み上げ、体を動かし、その指示を染み込ませていく。瞳を細め、口を結び。

「てきかく、なことばで、たん……てきに、ジャッジする。……ジャッ、ジ……」

 動きは、体が覚えてくれる。普段の大きな動きを封印して、必要最低限の小さな動きで。けれど、

「ジャッジ……こころを、かる……タカのごとく……しゅん、じに……ことば」

 何をどうすればいいのか、正解がわからない。クールな言動ってなんだろう、的確な言葉ってなんだろう、端的なジャッジってなんだろう。どうしたら鷹になれるんだろう。

「クラ、わかんない」

 必死に考えて、言葉を出そうとしても、難しい言葉が自然と湧いてくることはない。周りを見ても誰もいない。

「わかんないよ」

 目じりに浮かぶ涙をそのままに、数枚にまとめられた自分という偶像を握り締めた。

「せんせー、たすけて」

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