2 バーミリオン

 ビラ配りに始まり、ネット配信、デビューライブ、校内ステージ、ハロフェス、流行ダン。この4ヶ月、忙しないほどに様々な経験をしてきた。なんとなくアイドルがどういうものか、どう振る舞えばアイドルらしくあれるのか、わかってきたつもりではいる。それでも、かるは未だに自分というアイドル像を見い出せないでいた。クラスメイトのかけるやはるき、イベントで顔を合わせた霧兎きりと、そしてユニットの仲間であるみくり。皆一様に「鳴はそのままでいい」と言ってはくれるが、ではこのままの自分がアイドル「らしい」かと自問すると素直に肯けない。

(みんなみたいにキラキラ輝く──なんて、所詮おれは三軍だからなあ)

 画材屋で目を輝かせて油絵具を手に取る先輩、日向ひゅうがもこの場にあって煌めきを放っているように感じる。反して自分は、どこにでもいそうな、ちょっと浅黒いだけのモブだ。ふと負い目を感じて、日向から距離を置いた。

「なっくん? あ、ねえねえ。こっちとこっち、どっちのほうがいいと思う?」

 動きに気づいたのだろうか。日向は手に持つ桃系の絵具を見せつけ、首を傾げる。

「えっ、あ…… ぶんちゃん先輩、次は何を描くんでしたっけ」

「冬の題材だからね、ヒイラギ……は間に合わないし、ポインセチアかしら。白いポインセチア」

「白? 赤のイメージしかなかったっす」

「優しくて暖かみのある色なのよ。すごく綺麗でね、白題材は難しいけれど、どうしても描きたくて」

「ふうん」

 聞きながら、スマホで画像を映し出した。花托のそばが桃色に色づくものもあるようだ。日向はそれを描こうとしているのだろうか。

「……鮮やかなのあってもいいかもしれないっすね。ローズよりフレッシュ……あ、このオーロラピンクとかどっすかね」

「あ、可愛い。でもビビットにならない?」

「ぶんちゃん先輩の絵って、優しい透明感と色の調和が絶妙じゃないっすか。なんていうか、差し色?でこれくらいあっても、引き締まると思うんすよね」

「ふふ」

 真剣な顔で画材に齧り付く鳴に、思わずと日向は笑みを漏らす。虚を衝かれ、鳴はパチクリと瞬いた。

「な、なんすか」

「んーん。よく見てくれてるなあ、と思っただけ」

「えー……一応おれも美術部員ですし、みんなの絵の観察はしてるんすよ」

「そういうことにしておくわ」

「えっ、他意はないんですが!?」

 クスクスと笑う日向の肩へ視線を移し、鳴は居心地悪げに頬を掻く。日向はそのままオーロラピンクを買うようだ。小さなバケットに収められていく油絵具は、窮屈そうにこちらを眺めていた。

「なっくんって、人に誤解されやすいわよね」

「え、なんすか、急に」

「私もそうだから。なんて言うと自分語りみたいになって嫌ね」

「……まあ、最初は正直、ビックリしましたけど……でも、ぶんちゃん先輩はぶんちゃん先輩だし」

 もごもごと言っていれば、一本の絵の具を突きつけられた。

「そう。私は私。それに、なっくんはなっくん。他に誰か代わりがいるような何かではないのよ」

 絵の具はオレンジバーミリオン。普段の自分が絶対に使わないだろう、鮮やかな暖色。

「……もしかして、陽向ひなたくんとかに何か言われて来ました?」

「……なんのことかしら」

 言葉はいつも通りだが、視線は素直だ。泳いだ目を追い、鳴は堪らず噴き出した。

「先輩、嘘つくの下手っすね」

 受け取ったバーミリオンを握りしめ、じわじわと湧き出す言葉を飲み込んだ。



「それで、なんでまたウダウダ言ってんの」

「うぎ……」

 ヴァンドとの合同練習中、ステージからばら撒く綿菓子の袋に高速でサインを施しながら、陽向は隣の鳴を睨みつけた。

「ぶんちゃまにいろいろ言ってもらったんでしょお? あんまりしつこいと、いい加減怒るからね」

「いつも怒ってる……っていうか、やっぱり陽向くんの差し金だったんだ」

「ギクッ」

 動揺したのか、陽向のサインがテーブルにはみ出す。思わず奇声を上げる彼に笑ってから、鳴は深く息を吐き出した。

「いや、ウダウダっていうか……うん、ありがたいなって思った。頑張んなきゃなって。でもやっぱ、みんなが言ってくれる《おれらしさ》みたいなのがさ、自分ではわかんないじゃん。ありのままってなると、こう、すぐうじうじするし。考えれば考えるほどわかんなくなるっていうか……」

「なーちゃん! どーん!」

「うぎい! はみ出した!」

「あー! すんません! こらクラウス号! トナカイはサンタさんに攻撃しません!」

 突撃してきたクラウス、そしてそれを追いかけてきたヴァンドの萩原大はぎわらだい。トナカイのカチューシャを頭に飾ったふたりは、バタバタと走り回る。見ての通り、ふたりは舞台でトナカイ役だ。サンタに扮する鳴と、兵藤樹ひょうどうたつき──両ユニットのリーダーたちと共に、ファンへクリスマスプレゼントを贈る役割を担う。そのためのパフォーマンス練習のはずが、やはりいつものクラウスの暴走に振り回されているようだ。

「……鳴ちゃん、神鷹こうたからしさってなんだと思う?」

「えっ……うーん、天真爛漫っていうか、先が読めない無邪気な、ところ?」

「うんうん。じゃあ、みーくんらしさは?」

「えー……何考えてるかわからないけど、相手が望むものに応えられる、ところ……とか?」

「あとカッコイイ、ね。それじゃあ、ボクらしさは?」

「……怖いけど、ちゃんと意見を持ってて、自分の良さをわかってるところ。…………あ、はい、あと可愛いです」

「わかってんじゃん」

 ふふん、満足気に笑う陽向はペンを置き、出来上がったサインを掲げてみせる。

「鳴ちゃんは仲の良いみんなから、どういう人って言われることが多い?」

「……ツッコミに忙しいとか……恥ずかしいけど、顔だけは良い……とか……」

「あー、まあそうだね。あと、受け流してるみたいだけど、ちゃんと人のこと見てると思うよ」

「う、ん……言われた、かも。でも、わかんないことも多いよ」

「そんなひゃくぱーわかるわけないじゃん。6割わかれば上々」

 背後に山積みにされたサイン入り綿菓子。陽向の分は終了だ。鳴はまだ彼の半分も進んでいない。

「……だし、ボクやみーくんだって、今のボクたちになれたのは、本当に最近のことなんだよ」

「そういえば……」

 と、またあの元ユニットの名前を出そうとして飲み込んだ。気づいた陽向だが、どことなく視線は柔らかい。

「今度、話したげる。だから焦んな。焦ると、ボクたちはすぐに周りが見えなくなる生き物だから」

 焦らず、6割。練習を見守っていた芧の元へ駆けていく陽向を見送り、鳴は慌ててサインの手を走らせた。

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