1 デェト

 忙しない人の流れを目で追いながら、なるは木枯らしに震えていた。

 辺りは一面、電飾が瞬いており、道行く人々はカップルばかり。ひとりぽつねんと佇むのは自分だけだ。まったくどうして、自分の居場所はない。そうだというのに、そんなクリスマス商店街の中心で肩を撫でているのだ。

(どうして……どうして、こうなった……!)

 ことは前回の始末書企画の直後にまで遡る。



「レッスンって、具体的には何をしたらいいのかしら」

 企画の終幕時、みくりにより無茶ぶりをされたぶんちゃまこと日向佐武朗ひゅうがさぶろう。元来真面目な人柄である日向は、企画が終わるや否や、芧との打ち合わせをと連絡を入れてきた。紆余曲折あってなんとなく二人の間で盛り上がったここ、ブックカフェ【フクロウ】で改めて打ち合わせをすることになったのだ。

「待って、なんでぶんちゃまが鳴ちゃんにレッスンすることになってんの? ぶんちゃまだって、活動したてのエスノで忙しいでしょ」

「芧さんからのご指名なのよ」

「……それじゃあ仕方ないけど。で、みーくん。何か考えがあるの?」

 日向も芧も盛名せいめい高校の生徒だが、フクロウは白錫しらすずのそばにある。それだから白錫の前で合流したのだが、どこから聞きつけたのか、地獄耳を持つ陽向ひなたは二人の間に割って入った。みーくんとデートなんて許さない、開口一番のそれだったが、二人に快く迎え入れられて拍子抜けだ。

「ナルはね、自信がないだけなんだよ」

 ブックカフェの店内は、多様な観葉植物で埋め尽くされており、高い木の上ではフクロウが首を傾げていた。

「俺やヒナが元々ユニットを組んでいたこと、クラがジュニアでレッスンを重ねていたこと。全部知っているからこそ、卑屈さが極まってる」

「あー、まあ、そんな片鱗はあるよね」

「なっくん、気にしすぎなところあるものね」

「だからね」

 フクロウの柄があしらわれたカップを口に運び、芧は口角を上げる。

「日向さんにその殻を叩き割ってほしい」

「殻を割る……? つまり、どういうこと?」

「みーくんの話を最後まで聞く!」

「陽向さんは今のでわかったの?」

 目を逸らし、陽向はブラックコーヒーを飲み干した。

「みーくんの言葉は、最後まで聞かなきゃわかんないの。最後まで聞いても、わからないこともあるけど。そこをどう汲み取るかはボクたち次第」

「難易度高いわね……」

「ふふ。つまり、ね──」

 芧からの提案に、日向が思わずカップを取り落としそうになる。クリスマスまでに打ち破ってほしい、そう付け足した芧の言葉に、空いた口が塞がらなかった。



「なっくん、お待たせ」

 メリークリスマスフェスティバル、通称クリフェスの開催は聖夜とクリスマス当日に行われる。残すところあと2週間を切った。各ユニットが忙しなく準備に追われる中、鳴はスヌードの下で冷や汗を絶え間なく流していた。

「い、いや、待ってはないっすけど」

「あら、デートの待ち合わせとしては満点の回答ね」

「ヴッ……そのデートっての、どうにかならないんすか」

 トレンチコートの下、タートルネックに小顔を埋め、寒さで赤らんだ顔を弛めた。

「あら、今は友達同士のお出掛けもデートというのよ」

「友達っていうか、おれたちは先輩後輩って感じだと思うんすけど……」

「細かいことは気にしない。さ、こんなところにずっといても冷えるだけだわ。さくっと用を済ませましょう」

「う、ウッス」

 道行く人々の熱に促され、鳴はぎこちなく頷く。今日は美術部の買い出しに来たのだ。ただそれだけだが、ムードもあってなかなか居心地が悪い。先を歩く先輩の背を見つめ、聞こえないようにため息を吐き出した。

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