3 メリクリ

 クリスマス当日。やはりどうして本番前の緊張は最高潮だ。

 ハロフェスのときと同様にアイドルや事務所関係業者などが様々に出店を打ち出している。そのようすをなるはひとり、ぼうっと眺めては目を逸らす、を繰り返していた。

 焦らず考えすぎずと言われても、昨夜までモヤモヤと考えてしまっていたのだ。一朝一夕で人格が変わるなら苦労はしない。──今日という《リア充のための記念日》は、アイドルという立場を言い訳にしても、カップルが目に付いて仕方が無いのだ!

 と、屋台の波を掻き分けて進んでいれば、手ブラで歩くピンク頭と鉢合わせた。

「あ、陽向ひなたくん」

「メリクリ〜。って、さっきも言ったか。やっぱ人すごいよねえ。ハロフェスのときと比べ物にならない」

「人に酔いそう……。あれ、みくりと一緒じゃなかったっけ」

「んー、まあね」

 なんとなく歯切れが悪い。陽向の視線を追ってみれば、その先は今日共演をする後輩……いや、先輩……鳴というアイドルにとっては先輩である、ヴァンドの屋台──《裁判式抽選会》だ。そこに入る見知った後ろ姿も見えた。

「あれ、種田たねだくんと、とおるさん? 種田くんほんとにお祭り好きだな……」

 ハロフェスのときは妙な粉物屋を営んでいたし、それがなかなか賑わっていたと他のユニットの噂話で聞いた。まさかヴァンドとも友好を深めているとは。

「あの二人がここにいる……今ならあいつ、ひとりってことでしょ」

「あいつ?」

「あいつはあいつ!」

 察しろとばかりに頭から湯気を放つ陽向を見て、鳴は数秒考えたのちにポンと手のひらを打つ。

「ああ、士葵しきさん」

「名前出すなっつの」

 つまり、芧は今、件の士葵を探しに行っている。そういうことなのだろう。

「……芧は、裏切られたって思ってないんだな」

 裏切り。そんな言葉を出してしまって、喉が熱くなる。

 数日前、陽向の口から聞かされたMesseRメッセ解散の真実は、当時ただのファンだった鳴にとっては信じ難いものだった。陽向目線で語られたこともあり、どこまでが真実で、どこからが陽向個人の感情なのかもあやふやだ。スケルトンという不可視の存在については、鳴はまだ素性を握ることができていない。士葵についても、遠目に羨望していただけで、素の人格も知らない。それでも、思い出しては眉をしかめる陽向の姿に、これが彼にとっての真実なのだと受け止めるしかなかった。

「……みーくんは、たぶん、無理矢理受け入れただけだから。場所が違っても、今まで通りって信じてたから。そうなのに会えなくて、話せなくて。ボクみたいに怒ることができたら、楽だったろうに。……悔しいけど、みーくんはあいつのことも、ボクと同等かそれ以上に愛してたからね」

 いつもならリア充め、と冗談で煽ることができるのに。一年前の今日、クリスマスのライブが叶わなかった、彼らの話。そんな話を聞いたあとだからか、気づけば鳴の手のひらは陽向の頭の上に置かれていた。

「……なに」

「……えっ、あっ!ごめん、つい!」

「みーくん以外、ボクにお触り禁止」

 ぱしっと軽く払った手を握り、陽向はイタズラめいた笑みを浮かべる。

「本番までまだちょっと時間あるし、仕方ないから鳴ちゃんとデートしたげる! ぶんちゃまとのデートでどれくらい培われたか、ボク直々に審査してやろう〜」

「えっ、遠慮しま──」

「つべこべ言わずにエスコートする!」

「ほんとに横暴だな!?」

「あ、クリスマスカラーのハリセンだって!みーくんに買っていこ〜!」

「クリスマスカラーのハリセンってなに!?ハリセン屋があんの!?どこ需要だよ!?」

 まったくいつも通りに横暴だ。腕を引かれるがまま、小さな背中を追いかけた。



「鳴ちゃんサンタと兵藤ひょうどうサンタから、みんなにプレゼントだよお!」

 いつもよりちょっと派手な衣装。クリスマスカラーに彩られた舞台では、違和感は働かない。センターステージで両腕を振り上げ、陽向は会場に投げキスを飛ばした。そんな彼の言葉を合図に、真っ白な髭をたくわえた鳴は大きな麻袋を持って走り出す。隣でお揃いのサンタ帽を被るのは、後輩であり先輩のヴァンドのリーダーたつきだ。髭こそ身につけていないが、今日はこのふたりがサンタとして、集まったファンにプレゼントを贈る。センターステージを挟んだ向かいでは、トナカイの角を着けたクラウスとだいが走り回っていた。

「め、ルィークリスマス!」

「メリークリスマス!……鳴先輩、今噛みました?」

「かかかか噛んでないよっ」

 樹に指摘され顔を赤くしていれば、客席からも「めるぃークリスマス」と声が聞こえた。

「みんなしておれを弄るゥっ!」

「はは、鳴先輩愛されてる〜」

「樹くん面白がってる〜! ちょっと直哉なおやくんに似てきてない!?」

「え〜」

 麻袋から取り出したのは、メンバーのサインが施された綿菓子の袋だ。ハヤラスのものはクリスマスツリー、ヴァンドのものはシマエナガのイラストがそれぞれ描かれている。そこに添えられた自分のサインを見て、なんとなくむず痒くなった。

「誰のが当たっても恨みっこなしっすからね!」

 必死に声を張り上げて、綿菓子を宙へと放り投げる。途端に巻き起こる歓声は、ビリビリとイヤモニ越しでも伝わってきた。隣の樹も同じようで、軽くそれを押さえながら笑っている。と、視界の隅に自分の名前が見えた気がした。

「なーちゃん!」

 いつの間にかこちらまでたどり着いていたクラウスに突撃され、彼の指差すものが気のせいではないことを知らしめる。

「……『私を撃って』?」

「なーちゃん! ファンサ!」

「はっ! そ、そういうことか!」

 どくどくと胸が高鳴るのを感じた。名指しをされたのは初めてだ。

「こ、こう……か……?」

 遠慮がちな指でっぽう。鳴の恥ずかしさが伝染したのか、それとも。レスを受けたうちわの少女は、顔を真っ赤にして残像が見えるほどに頷いていた。面白い喜び方をする子だ。

「やーるじゃん、鳴ちゃん!」

 舞台上から声が降ってきた。見れば、疲れを感じさせない笑顔の陽向と、芧と、直哉の姿。直哉と芧はパフォーマンスを続けていたが、なんとなく視線が合った気がする。陽向の唇が「サイン」と動いた。

「持ってけー!」

「あっ、た、樹くん!」

 鳴の手にあった綿菓子。しっかりと、しかしたどたどしく記された鳴のサインは、彼女のもとへ届いただろうか。

 そんな光景を見届けて、陽向はヘッドマイクを手で覆う。

「みーくん、楽しいね」

「ん、なに? 聞こえなかった」

「んふふ」

 込み上げる笑みのままに、芧へと抱きつけば、遠くで直哉が呆れているのが見えた。

「鳴ちゃん、ちゃんと見つけられそーだよ。ボクも、今この場所が、やっと見つけられたーって感じ」

 耳元で小さく告げられた独白。鳴の殻破りの計画が、いつの間にか陽向の殻すら溶かしていたらしい。やっぱりすごいなあ、と心の内で芧は笑う。

「……そっか」

「うん!」

「ばあ!」

「うぎゃあ!」

 突如覗いたクラウスの声に、陽向は大袈裟なほどに声を張り上げた。そうして拳を振り上げ、クラウスを追い回す。ヘッドマイクは律儀に音を拾っていた。いつものハヤラスだ、と会場は笑いに包まれていく。サイン入り綿菓子を配り終えた鳴も、そんなファンの空気に押されるようにして慌ててセンターステージに飛び乗った。

「お、お前らあ! クリフェスでまで、ちょ、いい加減にしなさあい!」

「鳴先輩オカンみたい」

 拳を前に突き出して、ステージを走り回るクラウスを追い掛ける陽向を追い掛ける鳴。笑いながら歌を続ける芧。呆れながらも笑うヴァンドの面々。綿菓子を抱えたファンたちは、一緒になって拳を掲げていた。

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