2 会場

 なるは必死に駆け回っていた。

 口に突っ込まれた不思議な雲──という名の綿あめを飲み込みながら、毒々しい色の屋台をすり抜けていく。

「またこのパターンかよお!」

 つい数週間前も同じことをしていた気がする。電波な自由人はいつだって彼の視界からいなくなる。鳴とて立ち回りに自信が無いわけではない。中学時代は陸上部だったし、人の目を盗むのは得意だし。それでも、どういうわけかクラウスはそんな鳴の目を掻い潜るのだ。本人にその気はないだろうが、自由奔放に動き回る彼に、毎度ながら鳴は振り回されている。

「どこ行った、クラー!」

 陽向ひなたは陽向で「みーくんとお祭りデート」とか言って、みくりを引き連れ別行動だ。つまりはいつものように、体良くクラウス探しを押し付けられたわけだ。自分たちのゲネリハまで、あと1時間を切っている。それまでにこの広い会場から見つけ出さなければ、アイドル生命がピンチだ。なんたって主催は、すべてのアイドルを束ねるプロジェクトそのものなのだから。

 そんなわけで、死にものぐるいで走っていれば──

「なーちゃん! おいかけっこ?」

 いつのまにか並走されていた。

「お前を! 探して! たんだよ!」

 急ブレーキを掛けて、頭にクエスチョンを浮かべる彼の肩に伸し掛る。ぜえはあと息を整え、その両手に抱えられた店屋物の数々に大きなため息。

「勘弁して…… ほら、ゲネ始まるから……」

「あっ! おもしろいコいる!」

「こら、また──」

 持っていたものを鳴に放り投げ、途端に駆け出したクラウスを目で追えば、その先には金髪の美少年。ハロウィンパーティに遊びに来た、一般客が紛れ込んだのだろうか。狼のような仮装姿だ。キョロキョロと誰かを探しているようで、道行く人に声を掛けては何故か怒り出している。確かに、面白い子、なのかもしれない。

「いっぱいアメもってる! なーちゃん! じゅもん!」

「へ? じゅ、呪文……ああ、トリック・オア・トリートってやつ?」

「それ!」

 大声でこちらに叫んだクラウスは、そのまま少年へと駆け寄っていき──

「え、ク、クラ──!?」

 次の瞬間には猛獣が獲物を狩るように、飛び掛った。

「どわぁああああ!? な、なんだああああ!?」

「トリック・オア・トリート!」

「クラ─────! あんた何してんの─────!」

 宙を舞うキャンディ。まさに少年を下敷きにして倒れ込んだクラウスへ、鳴はオカンよろしく叫ぶしかできなかった。



 鳴とクラウスは、硬い路上で正座をさせられていた。

 正座ももはや慣れたものだ。つい先日も陽向の前で組んだ気がする。しかも同じメンバーで。ちろりと見上げれば、顔を真っ赤にして怒る狼姿の少年は、腕を組み眉をひくひくと動かしていた。

「百歩譲って、俺を迷子の子どもだと勘違いしたことは目を瞑ってやろう」

 いや許さんけど、と小声で聞こえた。

「ただし往来で見知らぬ相手に突撃するのは、普通に傷害罪になるからな!? たぶん!」

「いや、ほんと、おっしゃる通りで…… 監督不行き届きですみません…… ええと、きみ、怪我はない?」

「馴れ馴れしい奴だな…… ねえよ! 頭頑丈だから!」

 狼少年はべっと舌を出し、未だご立腹のようだ。どうにか早くここから離れたい。鳴がちらと横を見れば、クラウスは地面に転がるキャンディをかき集めていた。

「なら、よかった。えっと、ごめん、おれたちこれからリハがあって、急いでて」

 クラウスのしっぽを掴みながら、じわじわと膝を動かす。これ以上雷が落ちるのは避けたい。

「は? あー、お前らもアイドルだったのか」

「お前ら……も?」

「おう。俺はSAison◇BrighTセゾンブライト葵海坂純あおみざかまことだ」

 ふふんと不敵に笑う少年の言葉には、鳴も一時停止を余儀なくされた。

「セゾンの……葵海坂純!?」

 繰り返し、声を上ずる。身を乗り出す鳴に、少年はうおっと小さく呻く。

「お、おう。そうだけど……」

「ま、マジか! ほ、本物!? お、おお、おれ、葵海坂さんのゲーム配信見てて!」

 近頃アイドルの予習をしっかりしているのが、こんなところで活きてくるとは。しかもSAison◇BrighT、通称セゾンは皆が皆ゲーム配信やテーブルゲームのプレイヤーだったりと、鳴の興味分野のために記憶に濃いのだ。

「おー、マジか。リスナーに会えるなんて嬉しいな」

「おれ、おれもめっちゃ嬉しいっす!……あれ、でも、葵海坂さんってたしか成人済みじゃあ──」

 少年、純の眉がぴくりと動く。低く咳払いを落として

「21歳だけど?」

 強めの語気で言い放った。

「へ………と、年上ぇえええ!?」

「年下かよコノヤロウ! 怒らず我慢してやろうと思ったのに!」

 わなわなと震える拳に、鳴はもう何度も頭を下げることしかできなかった。どう見ても幼い少年だ、と追い打ちをかけることはできない。うん、こういう可愛い美少年風アイドルなんだ、そうだ。と自身を納得させて。

「マコちゃん? ちっちゃくてかわいいね!」

(クラ─────!)

 鳴は心の中で号泣した。

「おうおう、お前は随分と図体でけえな」

「クラはクラだよ! ハヤラスのクラ! えっとね、16さい!」

「5歳下て…… あー、ハヤラスって聞いたことあるな」

「マコちゃん! クラとあそぼ!」

「いや俺も暇じゃ──」

「いこ!」

「どわあ!」

 また有無を言わさず、クラウスは純の腕を掴み、瞬足で駆けていく。

「待っ……」

 長い正座のせいで足がもつれ、鳴の手は宙を掠めた。じんじんと響く痺れに耐えていれば、じゃり、と後ろに気配を感じた。

「ふふ、マコちゃん楽しそう〜。うちの子と遊んでくれてありがとうね?」

「えっ」

「あはは。マコちゃんの身内だよ〜。ええっと、ハヤラスくん、だっけ? 必死に俺を探すマコちゃんも面白かったけど、知らない子に振り回されてるのも見てて愉快だね」

「あ…… セ、セゾンの、紅咲叶べにさきかなた、さん?」

「わあ、正解〜」

 くすくすと肩を揺らす美形の登場に、鳴は顔面を青に染める。ひとりぼっちのときに初対面と会話をするのは避けたかったのだ。頼りにならないが頼みの綱のクラウスはもう遥か彼方だ。

「ところで、そろそろハヤラスの番じゃなかった? ゲネリハ」

「はっ!」

 渡りに船、なんて良いものでは無いが、助かったとばかりに鳴はすっくと立ち上がる。足の痺れで死にそうだ。

「そ、そうっす! リハのために、クラをさがしてたのに、うう、またかよお……! えっと、すみません、葵海坂さんのことはちゃんとお返ししますんで! し、失礼します!」

 脱兎のごとく駆け出し、大きい子どもと小さな大人を探し出す。最後までおかしそうに笑っていた叶に軽く頭を下げて。

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