3 恐怖の夜

 秋空が鈍色に染まっていく。天候は快晴。絶好のハロウィン日和を迎えた本番当日、夕刻から始まったステージは代わる代わるにアイドルの色で染まっていった。

「お、ハヤラスは俺たちの次だったか」

 控え室でガチガチに震えるなるの背中から声が投げられる。見れば、クラウスにより振り回された被害者の会会員番号2番こと、セゾンのショタ担当──

「おい、モノローグで失礼なこと言ってねえか?」

 葵海坂純あおみざかまことがそこにいた。すかさず、クラウスがぴょんと飛び上がる。

「マコちゃん! きょうもあそぶ!」

「遊ばねえよ。1時間後には俺たちの出番だっつの」

 モニターに映し出されるアイドルを指差し、純は頭を振るう。今演目をこなしているのは、舞台派アイドルだ。劇団公演と変わらない舞台演劇は、キメ細やかなファンサービスが画面越しからでも伝わってくる。

「さすがはエーデルの看板アイドルだな。会場中が虜になってやがる」

「エーデル……ああ、エーデルシュタインでしたっけ。でも純さんたちセゾンだって、あのプロプリ所属だし、すげーじゃないっすか」

「へっ。まーな!」

 Edel Steinエーデルシュタイン、そしてプロダクション・プリローダ。今やアイドル業界を牽引する二大プロダクションと言えるだろう。モニターから黄色い声が漏れ聞こえた。

「ほえぇ……キラキラやぁ……」

「この舞台に数時間後にはお前も立つんだぞ、鳴」

「ぐぎぎぃ……おれ如きが恐れ多い……!」

 そうして頭を抱えていれば、後ろから手刀が落とされる。

「自分を卑下するアイドルは好かれないよ〜?」

 ふわふわと囁くように笑うのは、紅咲叶べにさきかなた。純を迎えに来たのか、そのまま彼のほうへと歩む。

「あ? もう時間かよ」

「シュウくんが気にしててね」

「まーったく、あいつは真面目なんだよなあ〜」

「マコちゃん、またあそぼね!」

「おう、クラも俺の舞台しっかり見とけよ〜!」

 ぶんぶんと腕を振り、彼らを見送る。どのアイドルの舞台も完成度が高い。今か今かと、自分たちの出番が近づくたびに鳴の心臓はスタッカートを奏でた。

 圧倒的な貫禄を見せつけられるまで、あと半刻。



「なーちゃん! かけごえ!」

 震え上がる鳴の手を引き、クラウスは息荒く声を張り上げた。思わず肩が跳ね上がるのを見て、陽向ひなたは呆れたように笑う。

「エーデルにプロプリに、それから新設のCトイだっけ? そんな強豪が続いたあとだしド緊張なのはわかるけど、しっかりしてよねぇ」

「ナルが望んだ大舞台。大丈夫、豚だって空を飛べるんだよ」

「待って、みくりは意味がわからない。ハリセンもしまえ。うん、はい。気合い入れます」

 頬を二打ち、鳴は右手を前に突き出した。

「ハヤラス、初のハロフェス大舞台! 気合い入れて行くぞお!」

「わーい!」

「おうっ」

「ふふ」

「ちょ、お前ら締まらないじゃん! 俺ちゃんと決めたのに!」

 笑い声と共に、オン・ステージ。夜の舞台は、いつもと違って幻想的だ。

 出迎える歓声は、既に数々のアイドルが場を温めた証拠。それを引き裂くように舞台から響くブザーが、演目の開始を告げる。

(大丈夫、いつも通り。大舞台だって、芧のライムと陽向くんのアイドルスマイル、クラのパフォーマンスがあれば、おれたちは──無敵!)

「なーちゃん! えがお!」

「あっはい」

 キリッと顔を作っていれば、クラウスに肩パンを喰らった。そのままへにゃりと破顔させ、同時にファンの声援が強くなる。

(ひー! 慣れねえ!)

 何度この舞台に立とうとも、たとえこれがモテるための手段であったとしても、一生緊張は付き物なのだろうと感じた。色とりどりのペンライト、自分たちを示すグリーンの光が、ハロウィンナイトを怪しく照らす。

「もっとあそぶ!!」

 マイクが割れんばかりの声が響いた。クラウスが唐突に叫んだ言葉に、会場中がどよめく。彼らの視線を追って袖に目をやれば、先程舞台を終えたばかりのセゾンの面々がこちらを眺めていた。大先輩の前、緊張がつま先から上ってくる。が、ひとり足りない。

「マコちゃんもいっしょ!」

「俺のステージ終わったんだけど!?」

 クラウスの腕に抱えられ、純はジタバタと舞台上で暴れていた。

「ええ!? 葵海坂さん!?」

「マコちゃん、トリック・オア・トリート!」

「もうトリックされたわ!」

 マイクを通して繰り広げられる展開に、ファンは初めこそ動揺していたものの、いつのまにか黄色い歓声が包み込んでいる。グリーンの中に、純のイメージカラーだろうか、ブルーの優しげな光が灯る。

「だーもう! 出ちまったもんは仕方ねえ! 一夜限りのハヤラスと、セゾンが誇るトップダンサー、葵海坂純様とのパーティだ!」

「ちょっとお、葵海坂? 曲始まってんのに、編成どうすんのさ」

「おま、呼び捨てかよ…… そんなん、クラに聞いてくれよな」

「ワイワイすればだいじょぶ!」

「ワイワイしてワッショイしようか、葵海坂くん」

「わけわかんねえし! 呼び方! 扱い! 俺はお前らより年上だって言ってんだろ────!!」

 すっかり鳴の仕事が取られてしまったが、思わぬ夢の共演に心做しか皆のステップが軽くなる。

 ハロウィンナイト、トリック・オア・トリート。まくし立てられるドタバタコメディは、オバケのイタズラに当てられたように、観客へ笑いの波を届けるのであった。

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