3 生配信

 連なる無数のカメラレーンに、なるは目を輝かせていた。

 鳴たちハヤラスが属するBstrange pro.ビーストレンジプロと、段々UP!だんだんアップ属するPallet Produceパレットプロデュース、その両事務所のおよそ中間距離にあるこのレンタルスペースは、今やプロ顔負けの撮影スタジオへと変貌を遂げていた。

 何を隠そう、鳴は未だメディア撮影の経験もなく、テレビ局などの「本物」を見たことがない。それでも、この設備が大したものだということはわかった。

「えっ…… はるきくんたち、プロだったの……?」

「どういうプロかはわからんけど、一応デビューしてるプロのアイドルのつもりよ〜」

「なんか鳴くんって変なところで食いつくよね」

 はるきの隣で笑うのはかけるだ。配信を見ると言っていたが、ユニットの仲間と共に現場へ応援に来てくれたらしい。

「ほら、鳴ちゃん! よそ見してないでこっちに来る! 鳴ちゃんだってプロのアイドルなんだからね!」

「ひえぇ……」

「ハヤラスは賑やかやね〜……って、岩市いわいちくんどこ行きよん!」

「え? 撮影まだ始まらんけん、外で体動かそ思てんけど」

「そんなん始まるとき困ろう!」

 どちらも騒がしい。

「今はるきくんにすんごい親近感を覚えた」

 謎の安心感を得た鳴は、緊張を忘れてカメラの前に躍り出た。



「──というわけで、今日はBstrange pro.からHAYABUSA RANKERSハヤブサランカースのみんなに来てもろたよー!」

 タイトルコールと共に、はるきは両腕を開いてみせた。いよいよ始まった配信に、鳴は忘れたはずの緊張が最高潮だった。

「略してハヤラス……? 段々UP!やと略称なんなんやろ」

「今更やけどね。ファンのみんなから募集したらいいんやない?」

 それでも普段の配信と同じく、独特の訛りトークが進んでいく。見えない観客を相手に、ふたりの空気を壊さずに。

「ミカン、とかどうやろ」

「可愛いなあ」

 唐突に放り込まれた小ボケに、弾けるように緊張が飛んでいった。

「いやいや! 段々UP!の面影ないから! 『ン』だけだから!」

「みかんかんUP!……ふふ」

「ほらあ! みくりのツボに入っちゃったじゃん!」

 そこまで合いの手を入れてから、やってしまったと口を噤む。見れば笑いを堪えるはるきと、ポカンと呆けるその相方、朔也さくや

「ふ、ふふ…… 今ツッコんでくれたんが、ハヤラスのリーダー鳴くん。僕と鳴くんは同じクラスなんよ〜」

 しっかりと目線を合わせ、こちらに片目を伏せるはるきは、鳴を気遣ってくれたのかもしれない。まんまと緊張が解れた鳴は、恥ずかしさに下唇を噛み締めた。

「ふ、不本意な紹介…… 初回なのに…… ビシッと決めたかったのに……」

「鳴ちゃんがビシッとなんて、百万年早い」

 カメラ用のぶりっ子笑顔を崩さず、陽向ひなたが呟く。この集音マイクはどれだけ拾ってくれているだろうか。

「賑やかなハヤラスのみんなと一緒に、今日は『カタカナ語禁止ゲーム』をするよ!」

 じゃじゃーんとフリップが上がる。力強く書かれたその言葉に、自称ツッコマーはここぞとばかりに指さした。

「思い切り使ってるね」

「まだ! まだ始まってやんから!」

「クラのなまえ、カタカナ!」

「あーうん、ほーやねえ。人名は別に──」

「漢字名にしたらいいんじゃない? 今日からきみは、蔵造くらぞうだ」

「くらぞー! クラのなまえ、くらぞー!」

「なあ鳴くん、これどうしたらいいん?」

「いや本当にすみません……」

 まるで幼稚園児を束ねる保父さんにでもなった気分だ。しおしおとはるきに寄りかかっていれば、後ろからいつもの三倍キーの高い声が降り注いできた。

「ゲームにするならぁ、罰ゲームももちろんあるよね? ボク痛いのはヤだなぁ」

「あー…… 痛いかもしやんし、大嘴おおはし先輩には罰ゲーム無しにしますか」

「え、ほんとー? さっくん優しー!」

 朔也くんだから、さっくん。早速馴れ馴れしくあだ名をつけた陽向は、猫なで声で懐に入る準備万端だ。

「罰ゲームはこれなんやけど」

 そうして明かされた小道具は、

「俺のツッコミソードだ」

「ハリセンな」

「うん。鷺山さぎやまくんにぺしぺししてもらいまーす!」

「ぺしぺし、任せぺし」

 ハリセン。手に取り素振りと銘打って鳴をぺしぺし。

「は? そんなご褒美あるなら先に言えよ。ボクに絶対ツッコミ入れてね、みーくん」

「大嘴先輩? 声低くなってへん、すか?」

「気のせいだよぉ」

「もうやだ、このひとたち怖い」

「ぺしぺしされるあそび?」

「ちゃうよ?」

 そんなこんなで幕を開けた、叩かれたい男と叩かれたくない男たちと叩きたい男による、コントのようなトークゲーム。


 配信が終わる頃には、鳴とはるきは喉が枯れ、反面芧はつやつやに潤っていた。たしかに感じたはるきとの友情を胸に、鳴はリアル配信の難しさを学ぶのであった。

 なお、時折カメラの裏から零れる笑い声のせいで撮影現場にステラペが来ていることもバレ、飛び入り参加することになるが、それはまたのお話。

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